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梯 剛之ピアノ演奏いて

-- 澄み渡った透明な音--
 




田村邦光
 



 若手ピアニスト梯 剛之 (kakehashi  takeshi) については、最近TV等でも取り上げられたことがあり、ご存じの方も多いのではないかと思われる。筆者もTVを通して二〜三度演奏を聴いており、興味のあるピアニストの一人であった。

 先日幸運にも、初めて演奏を聴く機会に恵まれた。当日のプログラムは、『オーケストラ・アンサンブル金沢&梯剛之』と題し、前半がモーツアルトの曲で「ドン・ジョヴァンニ」序曲、ピアノ協奏曲第24番、後半がハイドン作曲交響曲「時計」であった。まず、ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491 では、梯氏の純粋で透明かつ混じりけのない、しかも飾り気がない、しかしそれでいて美しい音の演奏には強く印象付けられた。無論、物理的な音だけでなく、同氏の音楽作りが、純粋なものであるがゆえに音もそのように聞こえたのかも知れない。

 これまでにも筆者は多くの著名なピアニストの演奏を聴いているが、今回ほど純粋な音を持ち合わせたピアニストは初めてであった。当日のピアノがよく調律されたベーゼンドルファーという要因の寄与も多少はあったかもしれないが、それを差し引いても、これほど純粋と云う意味で透明で混じりけのない音を出すピアニストは少ないのではなかろうか。彼が盲目であるがゆえに並外れた努力をし、工夫を重ね音を追求した結果であるかも知れない。

 最近の若手ピアニストの演奏を聴くと、一見「完成されたような演奏」が多い。しかし技術的には完成の域に達しているが、無難な表現・無難な演奏が多いように見受けられ、聴いていてあまり面白くない。そのような観点から梯の演奏をみると、まだピアニストとしては未完成ではあるが、それだけに新しいスタイルを切り開いてくれるのではないかと、将来が期待できそうに思える。彼がロン=ティボー国際コンクールで2位入賞しても、ショパンコンクールで入賞しなかったのもそのあたりが評価に働いていたのかも知れない。

 梯の演奏に欲を言えば、ペダルの使用を少々抑えること、またモーツアルトではあるが、音の強弱とともに、多少音色に変化を与えた方が良いように思えた。ともかく、同氏は今までの演奏家にはない独自の個性の持ち主であることは確かなようで、氏自身も独自の演奏スタイルを創りつつあるように感ぜられた。その意味でも、今後大いに伸びが期待されるピアニストのように思えた。

 さらに眼のハンディキャップを持ちながらの頑張りは、間違いなく多くの人々を元気付けることであろう。
 オーケストラ・アンサンブル金沢を生で聴くのは初めてであるが、よく調和しすっきりした音が持ち味のオーケストラという印象である。当日は実力派の指揮者ギュンター・ピヒラーが指揮する37人という小編成であったが、その良さを十分に発揮したと思われる演奏であった。小編成ではありながらも、「ドン・ジョヴァンニ」序曲などは結構迫力もあった。ハイドン「時計」も聴衆を十分に満足させた演奏であったのではなかろうか。




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