K-14

 


言葉の省略は4モーラで



加 藤 良 一  2005年2月23日

 

かれこれ30年ちかく前のことになるが、当時アメリカの研究所留学から帰ってきたばかりの親友Kから言われた一言がいまだに記憶に残っている。

 「アルホス? なんだそれ、おかしいよ。それを言うならALP(エイエルピー)と言いなよ」
 アルホスとは、臨床検査の項目として一般の人にも知られている、アルカリホスファターゼという酵素の省略名である。肝機能の定期健診などで採血して上がった下がったと、みなさんが一喜一憂するあれである。
 「そうかい、でも日本じゃふつうに使っているんだ。製品の正式名称にもなってるし」
 と、反論したが、
 「どうしてこう日本人は変な省略の仕方をするんだろう。なんか変だ、センスがないよ」
 そう言われれば、たしかにおかしな略し方だし、あまり知性的には聞こえないかもしれない。アメリカ留学してきた奴が言うんだから、そのときはそんなものかと納得してしまった。


 あれから 30年。
 巷には省略言葉が溢れ、逆に省略しない正しいことばを使ったりすると場面によってはかなり違和感が漂ってしまうことも否めない。それは、長い言葉が単に面倒だから省略するのではなく、省略してややぞんざいな言い方をするほうが親しみがこもるからだろう。卑近な例をあげれば、日本中の女性が盛り上がっている「冬ソナ」現象を苦々しく思っている人は、「冬のソナタ」と言って、自分はあなたと同じではないと一線を画すのではないだろうか。こうしてみると、省略語にはある種のシンパシー(同感/共鳴/共感)が混じっている。
 ところで、日本語の省略形を作るとき、全体を4モーラにまとめようとする力が働くという法則があるのを聞いたことがあるだろうか。モーラとは、詩作法で用いられた概念を表すラテン語で、リズムを捉える単位のこと。単一のリズムをつくる音節(シラブル) で、ふつうは子音音素と母音音素の組み合わせで一つのモーラとなるから、日本語に当てはめれば、カナ1文字が1モーラということになる。なぜ、「4」モーラがしっくりするのか定かではないが、これはひょっとすると日本人が2拍子や4拍子のような偶数系の拍子が好きなことと関連しているだろうか。
 先ほどの 「冬ソナ」 は、もちろん4モーラである。4モーラの例は、周りを見回せば枚挙にいとまがない。古くは 「キムタク」 「ドタキャン」 「プリクラ」 「コンサバ」 「ダメモト」、音楽関係なら 「モツレク」 「チャイコン」 「メンコン」 「ベトコン」 「コバケン」 「マツケン」 「タダタケ」 「ドリカム」 などきりがない。ただ、どうしても4モーラにできない場合は、3モーラで済ますこともあり、これはこれでリズム感があってよろしい。「マック」 「マクド」 「ミスド」 「ケンタ」 「ファミマ」 など。しかし、「セブンイレブン」 を 「セブン」 とは言わないところをみると、省略には別の法則も働いている可能性がある。基本的には二つ連結した言葉のそれぞれ頭の部分を取って並べるわけで、これは見方によっては、日本語の自由度の高さの証しでもある。また、省略語からおおよそ何を意味するか推測がつくのも、日本語の大きなメリットである。

 かたや英語ではどうするかといえば、単語の頭文字を並べる acronym(頭字語)と一部を省略すabbreviation(略語)がある。頭字語は、ISDN(総合デジタル通信網)、WHO(世界保健機構)、PC(パソコン)などで、それ以上省略することはできないし、読み方(発音)もアルファベットを読むだけで、これは話相手とのあいだに、それが何を意味するか共通理解がないと通じない。頭字語にも、AIDS(エイズ)、SARS(サーズ)などのように、つなげた結果呼びやすいものになるケースがたまにある。
 PCの音節は personal + computer だから、「キムタク」 式に略すにしてもパーコンになってしまうし、そもそも英語話者は per と com をくっつけようという発想自体起こさない。むしろそこは computer と言えば短縮する必要がないくらいのものである。
 また、英語の略語は文字としての省略であって発語上の省略ではない。 international を intl. と縮めるが、読み方は international と同じである。さらに、人名などの短縮形が欲しいときは、「キムタク」 式の省略ではなく、あらたに別の呼び名として愛称を作るしか方法がない。それがたまたま元の名前に近ければさいわいだが、そうでないときは元が連想しにくくて不便である。

 そこで、冒頭で紹介したアルホスつまりアルカリホスファターゼ Alkaline phosphatase に戻ってみると、これをALPと略すことは若干変則的であることがわかる。すなわち一般論からいえば、APとすべきはずだからだ。ところが、同じように検査で測定される酵素に酸性ホスファターゼ Acid phosphatase があり、こちらもAPとなって区別がつきにくいという訳で、アルカリ性をALP、酸性をACPとしている。ただし、読み方として英語圏では依然としてアルファベット読みであり、アルホスとかアシホスとは口が曲がっても言わない。

 日本語の省略語は、英語の場合とちがい、正式に使える言葉ではなく、あくまで日常会話を滑らかにするための便法である。
下卑(げび)たものでないかぎり、潤滑剤として利用しない手はあるまい。



   
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