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テケレッツ


演目  「目黒のさんま」 「死神」

 



加 藤 良 一

 



 えー、まいど、たくさんのお運びありがとうございます。
 きょうの出しものは、落語をイングリッシュで演じたらどうなるかっ、てな他愛も無いことの考察でございます。 座ったまま一人でやる話芸としての落語は、ほとんど外国にはみられないもので、日本独特の芸能のようでございまして、外国人にはことのほか受けがいいようでございます。

 ちょいと前のことになりますが、桂枝雀(かつらしじゃく)という上方の落語家がおりました。 桂枝雀は、英語落語の草分けでございましたが、惜しいことに若くして亡くなりました。
 日本語を英語に訳しますには、ことばそのものより、まず何を言いたいのか、それがもっとも重要になります。これはなにも落語の世界にかぎったことではございません。まぁ、ようするに英語の単語をただ辞書から引っ張り出して文法どおり並べても通じるものじゃあございませんで、ある状態を表現するには文化がちがい考え方がちがえば、おのずとそれなりの表現があるってもんです。

 百聞は一見にしかずと申しますから、見本をお見せしましょう。このホームページの“雑感”欄(2004年101日付 )に書きました 『目黒のさんま』 をまだご覧になっていないお客様は、 とりあえずはそちらもお読みください。で、『英語で笑う落語』(中山幸男、高橋プリシラ 光文社)なる文献によりますと、『目黒のさんま』 を英語にすると “
The Meguro Mackerel” となるようですな。これだけでも雰囲気がずいぶんとちがっちゃうもんでございます。
 でもね、“
mackerel” はさばのことを指すはずなんで、さんまは “saury” だと辞書には書いてあるんです。ウソだと思ったら調べてみてください。安もんの辞書じゃだめですよ。それに “mackerel sky” といえば、いわし雲が出ている空のことだともいうじゃありませんか。外国人にしてみれば、まぁ、魚なんぞはみんなおんなじようなもんで、似たり寄ったりに見えるんでございましょう。日本人が牛肉の部位を気にしはじめたのが、ごく最近のことなのと同じようなもんですな。
 加えまして 『目黒のさんま』 では、さんまがその昔は庶民の食べるものだったという背景が重要なポイントですが、これも外国人にはわからないでしょうな。ようは、文化がちがえば、ことばが一対一で対応しません。そのまま訳すことがいかにむずかしいかっていう証拠でございます。

 さて、『英語で笑う落語』から、お殿様とご家来のやりとりの箇所を抜き出してご覧にいれます。この本にはCDがついておりますけれど、もっとも、落語家が喋っているわけじゃごいざいませんので、話芸としては表情に乏しいきらいはございますが、まぁそれなりに楽しめるものです。
 場面は、馬で遠乗りをしていたお殿様、昼時になり空腹に耐えられなくなったところへ、どこからともなく香ばしいにおいが流れてくるところでございます。
“Oh my, what’s that smell?”
“Sir, I think it’s the smell of sanma-mackerel pike-being broiled.”
“Really? I haven’t tasted that before, have I?”
“No, sir. Sanma is the commoner’s fish. I’m afraid it would not be to your taste.”
“Hold your tongue! I’ll make it be to my taste. Go and get it.”
“Yes, sir.”
「なんじゃ、このにおいは?」
「はっ、サンマという魚を焼くにおいにござりましょう」
「ほほう。余はまだ食したことはないようじゃな」
「はい。サンマは庶民の食べるもの。殿のお口に合う魚ではござりません」
「だまれ。余のほうから合わせるぞ。求めてまいれ」
「ははあ」
 「だまれ」 が Hold your tongue!、「余のほうから合わせるぞ」 がI’ll make it be to my taste. となっている点がおかしいじゃございませんか。それに、日本人がよくやる失敗ですが、No, sir. はつい Yes, sir. と言ってしまいそうで怖いです。かのドン・キホーテの家来サンチョ・パンサも、うろちょろしながら Yes, sir.とかよくいっていたもんですが、これなんぞは 「へい、ご主人さま(Master)」 と でも訳すのがぴったりしそうでございますな。
 つづいて、世間しらずのお殿様が、さんまの出どころをお尋ねになる 「落ち」 の部分はこうなっております。

“Hey, where did you get these sanma?”
“We carefully chose the very best from the Nihonbashi fish market.”
“Sorry, but these don’t pass muster. When it comes to sanma, you can’t beat those from Meguro.”

「これ、このサンマはいずれから取り寄せた?」
「日本橋の魚河岸から、一番上等なものを吟味して取り寄せました」
「ううん、それはいかん。サンマは目黒にかぎるぞ」

 それぞれのお国で暮らしぶりがちがいますから、ふだんから使っている表現方法もずいぶんと開きがあります。ようは、英語ネイティブのひとがやるとこうなるという見本でございます。pass muster は合格する、beat〜は(相手に)まさるという意味だといいます。わたくしなんぞの語学力ではとうていこんな表現はできっこありません。


 さて、落語にとりまして 「落ち」、「下げ」 とも申しますが、これはひじょうに大切なもので欠かせません。
 ものの本によれば、「落ち」 にはたくさんの種類があるそうで、なかでも、異色でめずらしいものに、ことばではなく身振り手振りで示す 「しぐさ落ち」 というのがございます。『死神』 が代表的な噺でございますが、これなど 「落ち」 を目で見て楽しむ落語ですな。
 『死神』 という噺は、借金で首の回らない八五郎が、「アジャラカモクレンキューライス、テケレッツのパ」 といって、手を威勢よくポンポンと二つ叩くと重病人が治るというワザを死神から教わりまして、それで医者の看板を出して大儲けするというものでございます。ところが、これにはひとつだけ条件がございまして、死神が病人の枕元にいるときは、もう寿命だから手をつけるな、足元にいたら 「テケレッツのパ」 だと念を押されました。
 これが驚くほど当たりまして商売大繁盛しましたが、根がダメな男なもんだから銭が入るとみんな飲んで遊んでなくしてしまう。すっからかんになってしょげているところへ、金満家の商人からお呼びがかかった。行ってみると、病人の枕元には死神がど 〜んと座っております。こりゃダメだ。
「番頭さん、こちらのご主人さまはとても助かりません」
「そこをなんとかお願いいたします。もし助けていただければ一万両差し上げます」
 欲に目がくらんだ八五郎、死神が居眠りしたすきに、病人の寝床をザーッと半回転して 「アジャラカモクレンキューライス、テケレッツのパ」。おどろいた死神、退散し病人は全快、たっぷり礼をもらった八五郎、久しぶりに酒を飲んでいい気で店を出たところを死神につかまってしまいました。
「この野郎、ずいぶんとひでぇことしてくれたじゃねぇか」
 死神に薄暗い穴ぐらに連れて行かれた八五郎、見せられたものがひとの寿命をあらわすローソクの列。いまにも消えそうなのが自分のローソクと聞かされましたからたいへん。さっきの病人のローソクと入れ替えたと言われてしまいます。
「なんとか、もとのとおりの寿命にもどしてください」
 すると、死神手近にあった燃え残りの長いローソクを指して
「しょうのねえ男だ。その燃えつきかけているローソクの火をこの燃えさしに移してみろ。もし、火を移すことが出きたら、おめえの寿命はその分だけのばしてやる。もししくじったら、それまでだ。いいか。じゃやってみな」
 恐る/\やってみますが、自分の命がかかっているとなると心臓がドキドキして手の震えが止まりません。
「は、はい、や、やってみます…、やりますよ…、ローソクの火を…、こぉっと…」
 八五郎、いっこうにうまくいきません。冷や汗がダラダラと垂れてローソクの火にかかりそうになります。
「あ、困ったな。あぁ()そうだ。…… あ消ぇる
 と、
 そこで噺家が高座でばったりと突っ伏して死んでしまう。
 これが 「しぐさ落ち」 というものなんですが、そういえば、大学時代の学園祭で落研がこの 『死神』 をやったのを見たことがありました。あのときは、最後に 「あぁ、消ぇるょ」 で突っ伏したとたんに照明が完全に落とされ、場内が真っ暗になりました。すごい演出でございました。
 余談ではございますが、そのときの噺家──もちろんゲストの本職を除いて全員学生でございましたが、そのなかに、高座名が
登亭(のぼりてー)番台という奴がいました 。これが 『死神』 を演じたかどうかまでは憶えておりませんが、なぜか記憶にだけは残っているんです。
 「落ち」 にはほかにも、前もって伏線を仕込んでおく仕込み落ち、物事や立場が入れ替わる逆さ落ち、駄洒落で落とす地口(ぢぐち)落ち、一瞬考えてから、にやりとさせられる考え落ち、意表をつくものに見立てる見立て落ち、間の抜けたはなしで落とす間抜け落ち、意味の取りちがえで意表を突くぶっつけ落ち、最後の一言で結末がつく途端落ちなどなどいくつもございます。これらは古典的な 「落ち」 でございますが、桂枝雀は科学的な研究に基づきまして、ドンデン、謎解き、へん、合わせの四つに分類したそうで、これは笑いは緊張の緩和で生ずるという 高等な理論から、観客がどこで笑うかつぶさに観察し、そのデータを統計処理した果てに行き着いた分類だそうでございますな。
 きょうお越しのお客さんは賢そうですの、すでにお気づきでございましょうが、「落ち」 の種類によっては英語で演じられないものがございます。それは何かっていいますと、いわゆる駄洒落が落ちになっている地口落ち、上方ではにわか落ちと申しますが、これだけは何としても英語に訳せません。『三方一両損』 を例に引きますと、大岡裁きの末の 「多かぁ(大岡)食わねえ、たったのいちぜん(越前)」 なんてな落ちをどうやって英語にできましょう。
 
 えー、こんなこといくらやっていても落ちがつきません。

 おあとがよろしいようで…。


 2004年10月31日          



   
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