K-12 

 
日 本 人 は う る さ い

 


加 藤 良 一

 



 「日本人はうるさい」というコピーで売り出したコーヒーのコマーシャルがあった。なんでも香味焙煎という新しいタイプのインスタントコーヒーなのだそうだが、いわく、日本人は、ディテールにうるさい、見栄えにうるさい、素材にうるさい、ものづくりにうるさい、香りにうるさい、もてなしにうるさい、味にうるさい、技にうるさい、作法にうるさい、品質にうるさい、そんなうるさい尽くしの Japanese are “urusai” を満足させるために特別に作られているそうだ。

香りと味にうるさい、この国のあなたを驚かせるコーヒーを。日本限定発売。

日本に限定しているのは、外国人にはもったいないとでも思ってのことだろうか。
 驚きの香り、コクがありながらすっきりとした後味が特長、深煎りの技が光る、その完成度はとにかくブラックでお確かめください、と薦めている。コーヒー好きには見逃せない情報だが、しょせんはインスタント、豆から挽いたものとはくらべものにならないはず。
 で、早速買い込んでしまった(悔しいがコマーシャルが功を奏したかっこだ)。

ところで、「うるさい」という言葉にはいくつかの意味がある。味にうるさいというように、あることがらにりと見識をもつことを指す場合は、「煩い」があてられるのが適当だろう。また大きな音や騒音などには「五月蝿い」がぴったりする。「煩い」はほかにも読み方があって、「わずらい」すなわち病気の意味もある。「患い」と同じである。やたらと細かいことに神経を使いすぎるのも度を超せば病気にちかづく。

コーヒーに「煩い」のは、どちらかといえば楽しい部類に入るだろうが、日本人は「五月蝿い」となるとすくなからず問題である。そういえば、「五月蝿い」ことでいつも気になって仕方がないことに公共の場における騒音がある。

電車の中を例にとれば、声高に喋って恥じない人(自分も酔うとそうかもしれないと反省しているが)、ヘッドフォンから漏れるシャカシャカ音、それに輪をかけてうるさいのが車内放送、あれはまるで幼稚園の先生が園児に向って話しているかのようである。なんであそこまでこまごまと言わねばならないのか。それにくらべると、外国では不親切と思えるくらい余計な放送はしないものだ。日本人は親切心が旺盛なのか、それとも誰彼なく乗客を子供扱いしているのか。

おはようございます、いつもJR〇〇線をご利用ありがとうございますのイントロからはじまって、終点までご案内するのは××車掌区の何の誰兵衛です、どうぞよろしく(新幹線じゃないんだから、通勤電車で余計なことはいわんでよろしい)JRでは警察と共同で痴漢対策をやっているから変な気を起こすな、車内に危険物は持ち込むな(じゃ、危険人物はどうするか)、携帯電話は優先席付近ではスイッチを切れ、それ以外ではマナーモードにしろ、優先席に健康なひとは座るな、乗り降りは降りる方が先だ、順序良く乗車しろ( 車内放送で駅から乗り込んでくるひとに呼びかけたって無理)、車内は禁煙だ(禁酒にしないだけましか)、入口付近の客はいったんホームに降りて通路をあけろ、お疲れさまでした、今日も一日お元気で、と、いやはやマイクを持ったら放さない車掌さんのいかに多いことか。

駅は駅で、階段付近の混雑する個所に若い駅員を配置し、この電車は何時何分発の〇〇行きで、どこそこと何々に停まって、終点の△△駅では高いホームの何番線に到着する、駆け込み乗車は危険だ、乗ったらさっさと中に詰めろ、扉が閉まるから体と荷物を引け(マニュアルどおりに喋っているから、そこまでギューギュー詰めじゃないことにもおかまいなし)、などと聞きたくもないことを大声で叫んでいる。まったく同じことを駅の放送でもデカデカと喋っているから、困ったものだ。そうやって朝の騒然たるラッシュアワーを汗だくで演出し盛り上げてくれる。

そういえば、ホームに人が溢れて階段規制されているのをめずらしそうに外国人がカメラに収めていたことがあったっけ。そんなモデルになんかなりたくない。
 もうひとつそういえば、外国と彼我のちがいを実感することがある。JRの車内放送で、前の日に人身事故が発生して電車が遅れたことのお詫びを翌日もまたしていたが、これなど外国では考えられないことだろう。以前、アメリカを訪ねたときにお世話になったお礼を後日メールで流したが、相手は何のことかという風であった。つまり、彼らは、誰かに世話になっても、そのとき、その日にお礼をしているから、それでおしまい、いつまでも、先日はありがとうございましたなどと言わない。日本人は、ついそれでは何か物足りないと考えてしまう。

日本人は「五月蝿い」はほかにもある。街中の騒音がそうである。買い物に行けば行ったで、スーパーや大手電気店などの店内にはせわしないバックグラウンドミュージックが絶え間なく流され、早く買え/\、とき立てられているようでゆっくり買い物などできずにいるところへ、追い討ちをかけるようにタイムサービスを告げる放送ががなり立てる。

昼飯を食べに食堂へ入れば、ニヤケタおじさんタレントが司会をするテレビ番組から、女子高生の馬鹿笑いが聞こえてくる。パチンコ屋の軍艦マーチは威勢をつけるためだし、客はそれが好きで行くんだろうからほっておくとして、いまやバーやクラブにしてもカラオケに侵食され、静かにジャズなど聴きながら飲める店を探すのは至難の技となってしまった。

あぁ、こんな感性は日本人本来のはずがない。
 とにかく日本は、日本人はうるさい、五月蝿すぎる。
 

そうか…、おれも日本人だった。


(2004年10月6日)


   
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