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     《 六栗書賈制作者の少しの綴り 》


        日々折節心の中に感じること、外部からの刺激を受け思案したことらのうち残しておきたいもの、それらを幾らかでも書きとどめ残したいと思ったの

      は高校一年、二年生の頃でした。当時はクラシックな外国文学の作品をよく読んでいてその感想を書きたい気持ちもありました。初め出てきたものは断片

      的な言葉と数行の文だけですが、それらをつなぎ整え、順序立て、まとめようとすると言いたいことも見えてくることもあり、それにまた加え、削り、入

      れ替えてなどなど・・・そういった作業に精を出していくといつかひとつながりの文の系列ができあがってきました。現れ出てきたものは詩のような形式

      が多いですが、内容は満足いくものではありません。それでも、こうした書きつけへの興味は持続し以後も私は学生時代を通してこのようにして書く作業

      を継続してしていました。
                                                                                                       


      
                   リルケのようなうた


                        幻夢の空間と真の実在とはどのように分けられるのか?
          
                        それともそれを知ろうと

                        性急になってはいけないのでしょうか?

                        深い眠りは永遠に来ないのか

                        ああ、そのほかに

                        どうして此処はこんなにも昏い色調が支配しているのでしょう

                        それは後悔があとからあとから胸を締め付けてくるかのよう ・ ・ ・ ・

                        どす黔くて強張りねじれた性質に繋がった

                        己れの
(さが)など早く消し去りたい

        
                        ああ、私は誰で、あそこを歩いている(かのように見える)

                        まるで死者の体躯そのままの

                        子供は誰だ


                   
                    
    かつて

                        立ち止まっては立ち止まっては

                        前進する  と思われる像があった

                        それも一つの像に過ぎず

                        全てを一様に均らしてしまう

                        これら灰色容器の中に



                        こういう日々こういう季節に向けて

                        今この際にも

 
                        想い出さなければならぬのか渾身の力で――


                        ――― リルケのような歌を
                                                                         (69年)



                                              * リルケのようなうた」―― ライナー・マーリア・リルケの後期の詩群「ドゥイノの悲歌」、
                                                                                      「オルフェウスへのソネット」などに収められる詩たちを意識しました。


          Fの断章

                Fが寝そべっていると

                或る占い師の老婆がやって来てFに伝えてきた

               「お前は財物の富を蓄えるという点において、すなわち一生の安逸で快適な生活を保証してくれるものを

               かち得るということにおいて、そも成功することができないであろう――」 と

                Fは答えた

               「私はそういうことでは最初から敗北している。」

                老婆は続けた

               「お前はまた社会や他者との交流、交際の相についてみても恵まれた相は現れてはおらぬ。人間社会の中

               で己れが立つ位置を知らず、社会へのつながりを欠いたまま生きていく。それゆえ社会的地位は得られず、
        
               他者との強い絆も持てぬままに終わるだろう。将来親愛になれる者も現れようはずがない。」と

                Fは答えた

               「そういうことでは私は最初から敗北している。」

                さらに老婆は続けた

               「お前の人生にはすでに狂いの芽が生じているようだ。転機となるここぞという勝敗の場に臨んではそれ

               をいつも放棄するか負けてばかり、多くの時間を無為に放置し過ごし、まっしぐらに失敗の人生へ歩を進

               めていることに気づきもしない。」

                Fは答えた 「老婆よ、私は人の世のそれらのことについてはすでに諦念のまま打ち捨てた。人の言う

               人生には、例えそれがどのような意味におけるにしても私は生まれた時から、或いはその以前から敗北し

               ている。だが、私は私本体の生そのものへは未だ敗北も勝利もしてはいない。」

               「お前の言う生とはそも何ものなのかね?」

               「私にとって、生とは人為を超えた必然の道のりであるようだ。私は毎日を、その中で終始藻掻くばかり

               です。」

                老婆は少し笑った そして

               「そのようなことではまた総合的な人間に成りきることは不可能だ ・・・」  とうそぶくと、

                ゆっくり背を向けて行ってしまった


                Fは、何も反応しないで平静にしていた                          (71年)





         秋の木

             静物は

             秋の空気を呼吸しているが、

             そこへ、墜ちていく物体が添えられるのは

             調和しないだろう

             屈折した秋の意識のひとひらは

             木の葉一片のそよぎにも裏返しにされる。

             薄い雲の形状は

             流離し、

             織り散りばめられた花花の種類も、 移り

             時の歩みに

             星の光まで清澄さを増していくようだ

                                 空からは
                                    
                                 繭をほどけた糸もそぼふり出し 

                                 季節は

                                 いつものとおり

                                 暗い秋の翳りを迎える。

                                 そうして いつの間にか

                                 鳥の尾がしなだれるように

                                 自我の心の寂寥はしなり

                                 細り、低く垂れていく
                 
                                 このような時
   
                                 森羅万象はまさに

                                 秋の生物無生物と共に朽ち果てて行くように見えるが、

                                 だが、

                                 木は

                                 立っている。

                                                       街を歩く遠近の像のピンの先に
                                                              
                                                       ガラスウィンドウの光はほの冷たく反射し

                                                       秋は霧が実るように

                                                       或いは愁雨が群れしたたるように

                                                       落ち、

                                                       色づく木の葉が
   
                                                       その後はすぐ枯れ散り行くように

                                                       孤独な心性が

                                                       ねじれ、ふくみながら、滑り

                                                       ずり落ちる。

                                                       そうして ほどなく

                                                       この道へ木枯らしは入り初め

                                                       驟雨は激しく降りつけてその向こうに境もなく
     
                                                       かき曇る先へ、

                                                       ただ心性と季節が落ちこんでいくばかり

                                                  

                                                       だが、 そのような

                                                       (くずお)れる先、 見つめる

                                                       先 へも
                                                                  
                                                       木  だけは

                                                       変わらずに、

                                                       立っている。            (73年)                               





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