平成11年11月7日

大湫宿1
大湫宿の朝

6時半頃、借りていた駐車場を出発する。ありがとうございました。
大湫宿、朝はとても静かだ。現役の旅籠屋は無いものの古い家は残り、興味をそそる。本陣の有った所は、現在、大湫小学校になっている。

大湫宿2
銀杏の黄葉が始まっていました

八瀬沢の一里塚大湫病院を過ぎて右に琵琶峠(美濃の中では一番高い峠)を登る、峠の頂上には馬頭観音が安置されていた。少し下ると「八瀬沢の一里塚」がある(写真)。現在は何も植えて居なかったが、江戸時代には松が植わっていた様だ。

八瀬沢、石畳石畳の中山道を歩く。
琵琶峠付近の石畳は、東海自然歩道の整備に伴い発見されたらしい。やはり、使わないと埋もれてしまい判らなくなるという事なのだろう。古道が再認識されるという事は嬉しい限りだ。
この石畳は結構長く続きます。中山道で一番長かったかな。

しばらく歩くと「天神まえ」と言うバス停がある。こんな所にもバスが通るのかと思うと、近くに「中山道の自然を守ろう!」とプラカードが掲げてある。どうやら、ここにも廃棄物問題が有るらしい・・ そこには、お地蔵さんが安置されていました。お地蔵さんは何を思うのだろう。
鳥のさえずりも聞こえ、気持ちいい。

弁天池中山道沿いに有る「弁天池」。真ん中の小島に祠が祭られている。古そうな池だ。雰囲気が素敵。スイレンが生えており、花の時期は綺麗だろうな。

奥之田の一里塚弁天池を過ぎて、「奥之田の一里塚」へ。
江戸からは、92番目の一里塚らしい。ここも松が植わっていた様です。
こんもり残って居るなんて実に嬉しい。

白山、見ゆる細久手宿に入る手前に高い山が見えた。御嶽山か、白山か・・ どちらにしろ、その姿は神々しく、とても美しかった。
思わず手を合わしてしまう。

細久手、大黒屋細久手宿に入る。
全体的には、昔の面影をとどめては居なかったが・・ 一軒、昔ながらの旅籠屋「大黒屋」さんが健在で嬉しい限りだ。卯達、上段の間も残り興味深い。
今回は、タイミングが合わず泊まれなかったが、一度は泊まってみたい宿である。

中山道、平岩地区
中山道、平岩地区を後にする

鴻之巣の一里塚
鴨之巣の一里塚(江戸から93番目)

中山道、津橋地区2

中山道から、津橋地区を望む。
この地区に入ると、自分と同じ名字が多いのに驚いた。もしかして、昔に繋がりがあるのかな?
付近の家の石垣にはイワヒバが生えており、山野草が好きな私にはたまらない光景だ。

中山道、津橋地区2
中山道脇の石垣
この上はお城? いーえ、田圃なんです。

謡坂一里塚「謡坂の一里塚」近年復元されたも。
一説によると、安藤広重の描いた浮世絵のモデルになったとも伝わるらしい。
しかし、この辺りの「謡坂(うとうさか)」と言う地名は良いな〜 実に美しい。
石畳も整備されて、町の誇りも感じる。

耳神社「耳神社(耳神様)」に寄ってみる。
山の急斜面に建立された、耳の神様だ。珍しい。 耳の病に霊験があり、歳の数のキリを奉納する。 沢山のキリがスダレ状に奉納されていました。

中山道、西洞地区
中山道、御嵩宿の手前で山道も終わる。

大井宿から御嵩宿まで、以外と長かったな。しかし、山道も終わってしまい、ちょっと寂しい。 これから中山道は、国道21号線と交差しながら進んでいく。久々の国道だ、田舎道に慣れた私には、この車の多さには閉口してしまう。
御嵩宿に入る。「中山道みたけ館」と言うのが有り、寄ってひと休み。
御嵩宿を出て、国道を歩き一里塚跡辺りで、犬の散歩のオバサンに声をかけられる。ゴールデンレトリバーを連れていた。大きいけど愛嬌の有る犬だ、顔をペロペロなめられ、激励される。犬かわいいな〜。
伏見宿を過ぎて、太田宿に向かう。
私の持っている地図は古く・・・ あまりの道路の変わり様に、所々道に迷ってしまった。気が付いては引っ返しての繰り返しだ。何とか太田宿に着いた頃には、もう真っ暗。今日は何処に泊まろうと、19時頃、太田宿を歩いて居ると「民宿・すずきや」さんを発見、飛び込んでみると泊まれるとの事。ゆっくり休めそうだ。

バックパックは20L
失敗記念写真・・ 弁天池の前で。
大湫〜太田、46110歩♪

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