◆平成16年 ツーリング
2004年08月12日(木)〜14日(土)実施
大分県庄内町阿蘇野、由布院、阿蘇、岩国・錦帯橋
ゴールデンウィークの「しまなみ海道ツーリング」を終えた我々の合い言葉は、『今度は九州』であった。という事で、お盆のツーリングは九州に行くことになった。
幸いにもメンバーのご親戚の方が所有する、大分・由布院近くの豪華別荘(ログハウス)を借りられることになり、原付2種軍団は九州への旅を決意する。
今回の原付2種組の行程は、だいたい地図の通りである。
今回のメンバーは、原付2種組がモンキー改81cc、リード100、エイプ100改、高速組がCB1300、ゼファー750、TT-R250、CBR900(CBR954ではないと本人より申告あり。ごめんなさい)の7台。報告は原付組のルートが中心である。
原付組はどのようなルートで枚方から九州に行くか、出発前に色々意見を交わしてきた。
◆2号線をひたすら西に向かい関門人道トンネルを押して渡る。
◆岡山で宇高フェリーに乗って高松に渡り、次に佐田岬から大分に渡る。
◆和歌山から徳島にフェリーで渡り、次に佐田岬から大分に渡る。
と、色々と案が出たが、結局は
◆神戸からフェリーに乗って高松に渡り、佐田岬から大分に渡る。
案が採用された。走行距離が幾分減り楽になったが、神戸発の便数が少ないため出発時間がずいぶん早くなってしまった。
08月12日(木)
予定通り原付組3台は午前2時30分に枚方のバイクショップ武蔵を出発。神戸三宮のフェリー乗り場に向かう。神戸−高松ジャンボフェリーの出発は6時。5時前に着けばいい。どれだけかかるか時間が読めなかったので早い時間の出発となったが、2号線の信号タイミングが悪く、ストップ&ゴーが多かったことを除けば道路はがら空きなので4時に港に到着した(出発から54km)。それでも、既にバイク2台自転車1台の先客がいた。しかもその自転車はママチャリにリュックをくくりつけたツーリング仕様。スゴイ。それにしても2号線の信号の繋がりは悪すぎる。制限速度であんなに引っかかるのはおかしいぞ。
5時30分、乗船開始。乗り込んですぐに朝飯。と思ったら、ほとんど食べ物が無いじゃん。乗り場の売店が閉まっていたから船内に期待していたのに。3人は唯一のご飯系であるいなり寿司3個パックでお腹を満たした。
6時出航、高松までは3時間40分。夜中に出発したので、この時間でゆっくり休む計画であったが、エンジン音と振動が思ったより大きい。うーん、ちょっと残念。
9時40分、高松到着。天気は上々で暑くなりそう。ここから松山まで11号線をひたすら西に向かう。
 4時三宮に到着 |
 やっと明るくなる。乗船したこんぴら2 |
 国道11号線を西に走る |
11時、香川県豊中町(さぬき豊中)通過。出発から104km走行。3台ともすこぶる快調。
我々は今年のゴールデンウィークにも原付でツーリングを行っているが、この3人はその時のメンバーである。リード100は走行距離が3,000km増えた(3ヶ月ちょっとで!)だけでまったく変更点は無かった。しかし後の2人のバイクには大小変化があった。エイプ100改はキャブセッティングの見直しの他、リアブレーキのディスク化が図られた(フロントは既にディスクに変更済み)。モンキー改はGW時にはゴリラ改90に乗ってた者で、GWの経験を元に新たに作られたマシンだ。エンジンは81cc、マニュアル4速ミッション、アルミロングスイングアームにモノサス。ゴリラでブレーキングに苦しんだ経験から10インチタイヤ+フロントディスク仕様となった。これでストレート、コーナーともずいぶん安定。リード100の優位は無くなった。
13時35分、小松町(いよ小松)でガソリン給油(178km)。今回、高速組は午前6時に枚方を出発し、瀬戸大橋経由で四国に入る計画である。原付組とは佐田岬の三崎港で16時頃合流予定。この時点では後から出発した高速組に対し、まだ僅かにリードを保っているようだ。けど、ちょっと高速組は遅い。一般道を多用したのか?どうやら1台が高速上でガス欠したらしく、かなり苦労してガソリンを買いに行ったようだ(一説によればタクシー!を使った)。
松山市のラーメン店で遅い昼食。時間は14時40分、走行は219km。15時過ぎにラーメン店を出発するが、佐田岬のフェリー乗り場まで残り100km弱。16時集合とすれば平均100km/h以上で走ればいいだけだ。計算上は大変簡単。が、道交法や道路事情よりも残念なことに、我々のバイクはそんな速度が出なかった。
 九州仕様のモンキー改 |
 いよ小松で1回目の給油 |
 遅いお昼ご飯 |
佐田岬に向かう378号線・佐田岬197号線(メロディーライン)は信号も少なく、これでアップダウンさえなければ小排気量バイクでも快適に走れるのに。上り坂にフラストレーションを感じながら16時45分に三崎港到着(313km)。しかし、高速組と船の姿はない。船は16時40分発で、国道から見下ろす海に見えていたあの船だった。
船上の高速組に電話をかけ、大分県佐賀関港で待ち合わせとなる。次の便は17時30分発。船に乗った3人はすぐ爆睡状態であった。所要70分だから18時40分にようやく我々は合流した。
 三崎港到着 |
単なるスペースです |
 我々が乗るフェリー |
原付組を待つ間に食材の買い出しを済ませてくれていたので、港でガソリンを入れると一路ログハウスへ向かった。しかし結構距離がある。市街地では渋滞にも巻き込まれる。日も暮れて山の中で真っ暗になり、半袖では耐えられないほど冷え込む。その上最後の最後でどの建物か迷う。ようやく21時に到着(翌日気づいたのだが由布院からは割と近く、高速を使えていれは1時間少々だったかもしれない)。
我々が泊まるログハウスは2階+地下工房(陶芸)の立派な建物。お風呂は天然温泉が引かれ岩風呂風。また、我々のために冷蔵庫にビールと肉・魚・野菜の食材が用意されており、その夜は焼き肉とビールで腹一杯となった。
本日の走行は387km。フェリーを2回使ったため走行距離は思ったより少なかった。
08月13日(金)
8月お盆の時期であるが、山の中にある別荘は涼しく快適だ。明け方など薄着だと寒いぐらいである。このあたりは別荘やキャンプ場になっており、管理人の方も常駐しているようで環境はよい。こんな別荘が一つ欲しくなる(無理!)。ただし冬場は路面凍結なども考えられるので大変そうである。
 豪華なログハウスその1 |
 豪華なログハウスその2 |
 2日目の出発 |
さて、昨日買っておいたカップ麺の朝食を食べた後、9時30分に出発する。九州へは1998年のゴールデンウィークに来ているが、その時走ったことのある「やまなみハイウェイ」で阿蘇に向かう。すごく快適な道路のはずだが、標高が高いうえ上り坂になると原付2種ではかなりきつい。2サイクルのリード100などはまったく走らない。途中でお馬さんに乗っている人たちに遇う。手を振って我々を見送ってくれる。
11時、仙酔峡のロープウェイ乗り場到着。往復1500円の乗車券を買ってロープウェイに乗る。歩いても登れるがそんな人はほとんど見られない。ロープウェイを降りて阿蘇山の火口が見える所までの数百メートル、舗装されているが傾斜もきつくしんどい。道のそばには噴火の時の待避壕がある。
阿蘇山は現在中岳が活動しており、白い噴煙を絶えず吐いているが、火口の中までは遊覧ヘリにでも乗らなければ見られない。でも、もう少し違った風景が見られるかもしれないということで、車で近づける火口の西側へも行くことにした(仙酔峡は東阿蘇である)。
 仙酔峡ロープウェイ |
 道のそばに待避壕 |
 東側から見た阿蘇山火口 |
12時30分、仙酔峡ロープウェイ乗り場を出発。途中ガソリン給油(本日62km)しながら、バイク100円の阿蘇山公園有料道路を使って、13時25分再び火口の見えるところにたどり着く。
しかしそこで緊急事態発生。火口の見えるところに来た途端、風向きが変わったためか、火山ガスの濃度が濃くなり、いきなり避難勧告。駐車場の出口ゲート閉鎖と言うことで退去させられた。確かに火口の見えるところで息を吸い込むと軽く咳がでる。ゆっくり火口を見ることは出来なかったが、貴重な体験でした。大渋滞の道路をすり抜けながら走り、何とか市街地まで降りてきた。
 阿蘇山公園有料道路へ向かう |
単なるスペースです |
 反対から見た阿蘇山火口 |
 避難Movieその1 |
 避難Movieその2 |
 退避する人と車 |
14時30分、峠のそば屋で遅めの昼食(107km)。言っちゃあ悪いけど、ちょっとがっかりのそば屋。部屋は冷房が無い、ざるそば食べたかったのにそれも無い、メニューの料金には消費税が入って無い(外税!、総額表示が義務化されてるだろ)という具合。
というものの、何とか食事を済ませて、次は湯布院の岩下コレクションを見に行く。ここでは世界の歴史的モーターサイクルコレクションや、昭和のレトログッズなどを見ることが出来る。
 岩下コレクション |
 レトロなオートバイ |
 懐かしの昭和時代 |
岩下コレクションには16時到着(164km)。撮影厳禁なんてケチなことは書いていないので写真を撮りまくる。約1時間見学の後、食材の買い出し、オイル漏れを続けるTT-R用のエンジンオイル購入、ガソリン給油をして、18時50分ログハウス帰着。本日の走行は198km。
当然、本日も焼き肉による宴会が行われた。また、この日の夜中はアテネオリンピックの開会式であったが、当然テレビで見させていただいた。貧乏キャンプではこうはいかない。リッチな気分であった。
08月14日(土)
炊きたてご飯にみそ汁、それと昨日の残りの焼き肉で朝食を取り、出発する。大阪に帰るにあたって、関門を通って広島あたりでもう1泊しようという意見もあったが、天気もぼちぼち悪くなりそうだし、国東半島から徳山へフェリーで渡り、日付が変わって15日の朝になってもいいから走りきってしまうことになった。
2泊お世話になったログハウスのお片づけをして、さぁ出発と思ったら、「ガチャーン」という音。振り返るとゼファーのライダーが、まるで体操かバレーボールの回転レシーブのごとく、クルッと前転して着地を決めている。10点満点?オリンピックが開幕したからと言って...。ログハウスの前は急斜面で、Uターンに失敗して転倒したようだ。
で、人車とも特に問題なく。出発は8時50分。国東半島、竹田津港をめざす。港までは特に観光もなくひたすら走るのみ。港への到着は11時15分。すぐ乗船手続きを行う。出航は12時30分で、徳山まで約2時間かかるからここで昼食にしようと言うことになり、乗り場のそばにあった店に入った。しかし、7人と大勢だったためか、なかなか食事がでてこない。やっと皆の元に配膳されたと思ったら時間はすでに12時になっていた。その時、「お客様の中にフェリーに乗られる方はいらっしゃいませんか?」との声。フェリーの乗船が始まってしまったようだ。「5分で行きます」と叫び、飯を流し込んで乗り場に戻った。
 国東半島、竹田津港 |
 フェリーの乗船券 |
 船内でくつろぐ |
徳山到着。約2時間、船でゆっくり出来た。しかし、時間はすでに14時30分。まだ山口県、大阪まで400km以上走らねばならない。もうこれでは今日中に帰るのは不可能だ。でも、この時間から岩国市の錦帯橋観光へ向かった。錦帯橋着は15時45分。記念写真など撮って錦帯橋を後にする。
16時20分。広島県へ入る(本日164km)。今日は錦帯橋だけでなく、宮島へも行きたいという意見があったが、小雨もぱらついていたし、なにより今日は宮島の花火大会ということで、付近は大渋滞だったから、結局そのまま通り過ぎた。残念。
 フェリーを下りる |
 とりあえず2号線を岩国へ |
 錦帯橋到着 |
17時、2号線が自動車専用と一般道に別れたため、原付組と高速組は一時別行動をとる。ゴールデンウィークのツーリングでは、誤って自動車専用道路に原付が入ってしまったが、今回は寸前で回避する。17時40分、再び合流。21時30分に遅めの夕食を全員で取った後、原付組と高速組は早島IC付近で別れた。
高速組と別れた原付組は、岡山ブルーラインを通る。距離的に多少遠回りになったかもしれないが、極めてスムーズに走れたため、余り時間のロスは無かったと思う。
 また、自動車道に入りかける |
 本日の夕食 |
 神戸市須磨区で休息(2時15分) |
23時40分、やっと兵庫県到着。5月の時より3時間ぐらい遅れている。日付の変わった0時5分赤穂でガソリンを給油する(425km)。ここで、スタンドの店員が近畿の大雨情報を教えてくれた。アリガトウ。スタンドのTVではアテネオリンピックを放送していたが、ちょうど谷・野村両選手の柔道金メダルの表彰式だった。2連覇と3連覇だ。オメデトウ。
西宮市で雨が降り始める。雨の量は大したことはなかったが、かなり大雨が少し前に降っていたようで、車の跳ね上げる水しぶきで前が見にくい。この後道路は濡れた状態が続く。
出発点の武蔵には15日(日)の4時に到着。高速組は2時10分に帰り着いたらしい。本日567km、トータルで1152km走行する。今回のリード100ライダーの総経費は22617円。燃費は30.38km/L。
打ち上げは、15日の夜に開催。次のツーリングの話題も出たが、「2年後の夏には、原付で北海道へ行くんだと」という感じであった。
なお、前回のゴールデンウィークに大変苦しんだゴリラ改90のライダーは(前のレポート参照)、今回はモンキー改でやってきたが、本人曰く「ノープロブレム」。少しやせ我慢はなかったか?
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