【第2回】

2002.2.27

 さて、製作所にだいち姫とうみ姫ははいりました。
「おにいちゃん、なにばかなことやってんの。うみちゃんからきいたよ」
 だいち姫が言いました。
「あ、だあちゃん。どこがばかなことなの。画期的なことだよ。いま、器械を修正してるけど、ちゃんと完成したら、ノーベル賞ものだよ」
 ほんとにノーベル賞なんかもらえるのかなあ? うみ姫はふしぎに思いました。
「それなら、ノーベル賞なんか、あたしがもらっちゃうもんね」
 だいち姫が言いました。
「どういうこと?」
 そら王子がぎくりとします。
「あたし、つくっちゃったもん。『夏』をよぶ器械。『夏』だけじゃなくて、春夏秋冬どれでもよべるもんね」
「がーん」
 そら王子が言いました。
「そ、そんな……」
「いま、よんであげようか」
 だいち姫はエプロンのポケットからちいさなヘリコプターの模型をとりだしました。
「これがあたしの『夏』をよぶ器械。おにいちゃんのよりずっとコンパクトだし、電力もくわないし、よっぽど経済的だよ」
 そういってヘリコプターのプロペラを手でまわしはじめました。やがて、いきおいがついて、だいち姫がぱっと手をはなすと、ヘリコプターは空にまいあがりました。ぐんぐんと上昇し、そら王子の清水の舞台ほどの高さまでいくと、だいち姫が言いました。
「いま、『夏』をよぶからね」
 リモコンを操作します。
「へーい、みんな元気でやってるかーい」
 元気な声がヘリコプターからふってきました。『夏』です。死んだはずのアロハシャツのにいちゃんです。
「おねえさん、あの人、死んだはずじゃなかったの」
 うみ姫はだいち姫にききました。
「うん。死んだけど、まだ細胞の一部がのこっていたから、クローンを作ったの」
 そっかあ。すごいなあ。うみ姫がいっぱい感心していると、だいち姫がまだしゃべっています。
「でも、死んでたのもクローンで、オリジナルじゃなかったよ。だれかがどこかで『夏』を大量生産してるんだろうねえ」
 きみのわるいことを言います。あんなアロハシャツにいちゃんがたくさんいたらたいへんです。いったいだれがそんなものを作っているんでしょう。
「おれをよんだなあ、どいつでぇ」
 『夏』がわめきました。
「あたしだよ」
 だいち姫が言いました。
「おお、あねごかあ。ならしかたねえや。いまいくぜえ」
 ぱっとアロハシャツにいちゃんはとびおりました。これでは清水の二の舞です。きゃああっと悲鳴があがります。そら王子の家来のだれかでしょう。うみ姫は見ないともったいないので、みんなが目を手でおおっても、じっと見つめていました。
 ぴゅーん。
 アロハシャツにいちゃんは、どんどんおちていきます。
 ぱっ。
 とつぜん、パラシュートがひらきました。ゆらゆらと、アロハシャツにいちゃんはおりてきます。Vサインなんかやってます。
 とんっ。
 みごと着地。
「みんな、またせたな」
 かっこつけて、アロハシャツにいちゃんは帽子のつばにに手をやりました。近くで見ると、にいちゃんのごじまんのまっくろくろすけの日焼けは、じつはブロンズジェルだということがわかってしまいました。すっごいふしぎなことに、むぎわら帽子は、あの落下にたえて、ちゃあんと、頭の上にのっかっています。
「どうして、帽子がとれなかったの?」
 うみ姫はアロハシャツにいちゃんの頭を指さしました。
「ふっ」
 アロハシャツのにいちゃんは、アロハシャツなんかきているくせにかっこをつけるのです。へんです。
「そんなこときくたあ、あんた、背中がすすけてるぜ」
「がーん」
 うみ姫は言いました。これではどこかのまんがです。
「もしかして、麻雀というものに、ハゲんでるの?」
 言ってはいけないことを言ってしまったみたいです。いきなりアロハシャツにいちゃんは、帽子をぬいで地面にたたきつけました。
「よく見ろ! 神経性脱毛症はとっくになおったんだい」
 へえ。見かけによらずナイーブなんだなあ。うみ姫はじいっとアロハシャツにいちゃんの頭を見ました。きれいな坊主頭です。
「きれいだね」
 うみ姫はほめてあげました。
「野球でもやってんの?」
「ああ」
 アロハシャツにいちゃんの目の奥が燃えました。
「あ、ピッチャーでしょ?」
 うみ姫にも彼のポジションはわかってしまうのです。だって、ねえ?
「そうだよ」
 おもむろにアロハシャツにいちゃんがふりかぶりました。足はまるで星○雄馬ばりにたかくあげています。そんなにまっすぐ大きくひらいて、いたくないのかなあ。と、うみ姫が思いましたら、ぴっきーん。なにかがきれる音がしました。
「あ゛あ゛あ゛……」
 アロハシャツにいちゃんがうめきました。
「だうしたの?」
 うみ姫はききました。
「ひさしぶりにからだをうごかしたら、筋がきれた……」
「きゃはははは」
 ばかだなあ。うみ姫は大わらいです。
「ふっ」
 アロハシャツにいちゃんはまだなんか言っています。
「まっしろに燃えつきたぜ」
 とたんにぱあっとあたりにまっしろな灰がまいはじめ、アロハシャツにいちゃんはきえてしまいました。すうっと、夏のけはいが消えていきます。そうです。『夏』がきえたので、あたりは冬にもどったのでした。
「おねえさん、その器械かして」
 うみ姫はだいち姫に言いました。さっきみたかんじでは、器械のあつかいかたはむずかしくないようです。だいち姫はうみ姫につかいかたをおしえてくれました。
「じゃ、やってみるね」
 うみ姫がまた『夏』をよびだすと、でてきたのはさっきとおなじ水着のおねえちゃんでした。ヘリからおなじようにパラシュートでおりてきます。
「このいそがしいのに、なんの用よ」
 着地とともに水着のおねえちゃんは言いました。近くで見ると、小麦色のはだがさらにきれいです。
「わたし、冬より夏が好きなの」
 うみ姫は言いました。
「あたりまえよ」
 つんとして水着のおねえちゃんは言いました。鼻のあたりにそばかすがあります。
「これってべんりだね、おねえさん」
 うみ姫はふりむいてだいち姫に言いました。
「わたしは冬のほうが好きだけどね」
 だいち姫は淡々と言います。それをきいて、水着のおねえちゃんはキッとだいち姫をにらみました。
「あたしより『冬』のほうがいいなんて、いい根性してるじゃない」
「してるよ」
 だいち姫は動じません。
「だいたい、クローンのクローンよりはちっとはましじゃない」
 だいち姫のことばに水着のおねえちゃんはショックを受けたようでした。だけど、負けてはいないみたいです。
「な、なによ。クローンだって、あたしの魅力にちがいはないわ」
「ほほう、よく言うよ」
 だいち姫はばかにしたようにわらいます。うみ姫ははらはらどきどきです。
「器械によびだされると、おとなしくでてくるしか能がないくせにさ」
「うるさいわね!」
 水着のおねえちゃんがヒステリックにさけんでうみ姫の手から季節をよぶ器械のリモコンをひったくりました。
「こんなもの、こうしてやるっ」
 ぐしゃっ。親指と人差し指でひねりつぶしてしまいました。すごい力です。
「あらら」
 だいち姫は言いました。
「こまったなあ。そういうことをするとねえ……」
「すると、なによ」
 水着のおねえちゃんの鼻息があらいです。
「こうなるのよねえ……」
 ぴゅうと、つめたい風がふいてきました。ふぶきです。大つぶの雪がぴしゃりとうみ姫の顔にあたりました。
「つめたっ」
 うみ姫はほおをおさえました。
「きゃあっ」
 水着のおねえちゃんがなにかにおどろいているみたいです。
 うみ姫が見てみると、着物をきたながい黒髪の色白の女の人がいます。ゆきおんなです。
 ほかにもいます。いしやきいもをほおばってる女子高生や第二ボタンをにぎっている中学生の女の子、サーフボードをかかえているおにいちゃんやもみじがりをしているおばあちゃん、スキーウェアをきたちびっこに凍みたタオルをもった銭湯がえりのおじさんなどなど。それでもたりずに、まだいっぱいパラシュートでおりてきます。
「おねえさん、これ、どうなってるの」
 うみ姫はだいち姫にききました。
「季節が混乱しちゃったんだよねえ」
 だいち姫はのんびりしてます。
「おう」
 うみ姫の目の前に杉良太郎があらわれました。うみ姫は杉良太郎の、じつはファンです。
「おねえさん、杉さまは季節じゃないよ」
 と、うみ姫は抗議しました。
「なんだと」
 杉良太郎はそのすずやかな目もとをりりしくきりりとつりあげました。
「この桜ふぶきが目にはいらねえのかい」
 さっと肩をはだけました。ぱぁっと、桜が春一番に舞いました。なるほど、『春』です。
「おねえさん、わたし、きょうから春がいちばんすきになった」
 うみ姫は杉良太郎にみほれたまま言いました。そこへ、
「姫、そういう場合ですか」
 家来がたちふさがりました。あーん、じゃましないでよ。
「だあちゃん、どうするの」
 そら王子が言います。
「そうだねえ」
 だいち姫はちらっと米太郎を見ました。
「米太郎くん、きみ、なにか方法をしってるでしょ」
「ええっ」
 みんなの視線が米太郎にあつまりました。
「米太郎くん、きみのうちにクローンを作る器械があるのはつきとめてあるんだよ」
 だいち姫が米太郎に指をつきつけました。
「正直にはいちゃったほうがらくになるよぉ」
「こまったなあ」
 米太郎は頭をかきはじめました。そのときです。
「おにいちゃんをいじめるな」
 少年がとびこんできました。米太郎のおとうとの麦次郎くんです。兄にはおとるもののいくらかあまい顔立ちのなかなかの美形で、なんどか兄といっしょに宮廷にあそびにきたときがあります。
「麦くん、いいんだよ」
 米太郎はやさしく言いました。この兄弟はとてもなかがいいのです。
「だって、おにいちゃん……」
「たいしたことじゃないよ」
 おとうとの肩をやさしくたたいて、米太郎はみんなにむきなおりました。
「うちには暖房がないものだから、すこしあたたまろうと思ってせんぷうきをいじっていたら、ぐうぜん、季節をクローンする器械ができちゃったんだ」
 わるびれずに言います。
「じゃ、オリジナルはどうしたの」
 だいち姫は追及の手をゆるません。これじゃ、米太郎くんにきらわれちゃうぞ、とうみ姫は思いました。
「うちのうら山でいつもあそんでいるんだ。わけをはなしたら、細胞をわけてくれて……」
 ぎゃふんです。
「なあんだ、そうだったのかあ」
 だいち姫がいまさらわらってみせてます。でも、あんなにきついことを言ったのだから、きっともう米太郎くんにきらわれているだろう、とうみ姫は思いました。
「ところで、だあちゃん、どうするの。こんなにいっぱいの季節」
 そら王子が言いました。みんなであたりを見まわすと、まだまだ季節がヘリコプターからおりてきています。
「かんたんよぉ」
 だいち姫はにこにこわらって言いました。
「パトリオットか A-10 でヘリを撃墜しちゃえばいいのよ」
「でも、あのヘリ、アパッチだから、逆に撃墜されちゃわないかなあ」
「そしたら F/A18 をだすわよ」
 うみ姫にはわからない会話をだいち姫と米太郎がしています。たぶん、ミサイルとか対空攻撃機の話でしょう。このあいだ、テレビできいたような気がします。
「そのへんに移動式発射台があったよね」
 だいち姫が家来に言いました。
「ちょっとだしてよ」
 家来がミサイルの移動式発射台をだすと、だいち姫はさっそく起動させはじめました。
「あれ、まって」
 そら王子が言いました。
「これって、スカッドミサイルだよね」
「うん、そうだよ」
 だいち姫がスイッチを押しながらうなずきました。
「これって、対地ミサイルじゃなかったっけ?」
「え?」
 どどーん。花火みたいな音がしました。あたりがあかるくなりました。
「あちゃあ」
 だいち姫が言いました。
「しっぱいしちゃったあ」
 どっかーん。ミサイルは製作所のなかにおちました。
 製作所はまたたくまにぜんめつしてしまいました。清水の舞台もヘリコプターもぼろぼろです。
「化学ミサイルじゃなかっただけいいよね」
 だいち姫は、はははとたかわらいしました。


 二、三日して、うみ姫は台所にいきました。だいち姫はいませんでした。
 ただ、おにぎりがテーブルの上にやまづみになっていて、たべていいよとメモがおいてありました。
 うみ姫が遠慮なくおにぎりをほおばっていると、そら王子がはいってきました。
「だあちゃん、どこ」
 そら王子がうみ姫にききました。
「知らない」
 うみ姫はこたえました。
「おにいちゃん、どうしたの」
「ほうふくしてやろうと思って」
「やめたほうがいいと思うよ」
 だいち姫とそら王子が戦争状態になれば、宮廷ぜんたいが戦禍にまきこまれることになります。それは避けたいところです。
「だいち姫はどこにいらっしゃいますか」
 米太郎が血相をかえて、台所にとびこんできました。
「知らないよ」
 おにぎりをほおばってこたえられないそら王子のかわりにうみ姫がへんじをしました。
「たいへんだ」
 米太郎が身をひるがえして台所からとびだそうとしました。ただならぬようすです。
「だうしたの」
 うみ姫はききました。
「旅にでるとかきおきがあったのです」
「ふうん。しずかになっていいじゃない」
 そうです。おにぎりを作ってもらえなくなっても、世の中にはカロリー・メイトというものがあるのですから、とくにこまることはありません。
「でも……」
 米太郎がまだぶつぶつ言っています。
「行き先が宇宙なんだけどなあ……」
「どこでもいいじゃない」
 うみ姫がいいました。
「それよりおにぎりたべない?」
「はあ」
 米太郎は冷蔵庫をあけました。
「かきおきには、冷蔵庫のシチューもたべていいとかかいてありますけど」
「じゃあ、あっためてよ」
 きらくに三人でおにぎりとシチューをたべました。からだがあったかくなりました。
 だいち姫が宇宙から帰ってからの大騒動をゆめしらぬ三人でした。

おわり

 

  

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