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![]() 〜 リュウイン篇 〜
2007.06.19
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床にモップが走ると、表面が波打った。並々ならぬワインの量が知れた。 ヒースはモップをバケツの上で絞った。そして、また床を這わせる。 吸わせては絞り、絞っては吸わせ。 ムダなことを。エドアルは思った。 「私も手伝うわ」 エドアルの頬に風が当たった。 目の前をリズが通り過ぎて、ワインの海へと舞い降りた。 いつの間に。 リズのドレスの裾は、みるみるうちにワインで染まった。 いけません! とエドアルが声をかける前に、笑い声が響いた。 「それじゃ全身モップだよ。後でモリスが泣くだろうなあ」 「だぁれ? モリスって」 モップを押しながらリズが訊ねた。 「自分の侍女の名前も知らねぇの? モップ姫」 ヒースが答えた。 「どの人? もしかして、いちばん偉そうなガミガミ言う人?」 「ちがうちがう。それはローンだろ。ワット・ローン。旦那が公爵だかなんだかで、自分も偉くなったような気がしてるオバサン。その下に、いじめられてる衣装係の子がいるだろ。鼻ペチャでそばかすのある色白の子」 「わからないわ。衣装係なんて何人もいるもの」 当然なことだった。風呂も着替えも大勢の侍女が押し寄せて済ませてくれる。いちいち顔だって覚えてはいられない。 「下々の者同士、気が合うみたいだな」 エドアルは嫌みを言った。 リズが睨んだ。 「あなたたち、いとこ同士じゃな。それに、デュールのほうが年上よ」 いとこ。 たしかにそうだった。 エドアルは国王の息子で、ヒースは王弟の庶子ということになっていた。 だが、本当は。 事実を知ったら、リズはどんな顔をするだろう。憧れのモーヴ叔父の血など一滴もひかず、それどころか、どこの馬の骨とも知らない卑しい生まれだと知ったら。 事実を告げたい衝動に、エドアルはかられた。 「モップ姫、掃除はオレらがやるから、上がってろよ。これは、リュウカの不始末なんだし」 「いやよ。いっそ、一生お姉さまにお仕えしようかしら。結婚なんてやめて」 そっけない言い方だったが、エドアルの導火線に火をつけるには充分だった。 「女性が結婚せず、どうすると言うんです!」 リズはエドアルを見なかった。 「いいですか! 女性というのは、家庭に入って、子どもを産み育てて一人前なんです! いつまでも独り身でいることなんて、できないんですよ!」 「ねえ、お姉さま、デュールを貸してくださる?」 リズは、まだエドアルを見なかった。 「頼み事なら、本人に言いなさい。私にはなんの権限もないよ」 「じゃあ、デュール。お妾さんにしてちょうだい。お姉さまと結婚するのは協力するから」 なっ! 「なんてことをっ! もうすぐ私の花嫁になろうという人が!」 エドアルは怒鳴った。 酒蔵に重く響いた。 「これは国王命令なんですよ! 絶対服従ですからね!」 「デュールは形になんかこだわらないでしょ? リリーだって、そうだものね?」 「お袋は、親父に惚れてたんだぜ。親父もお袋にぞっこんだった。一緒にするなよ」 知ったげに。とエドアルは思った。 まことの親子ではないくせに。 私が父上と相談して、叔父上におまえを預けたんだぞ。 恩を仇で返しやがって! 「父上はきっとおまえに命令をくだすだろうな」 エドアルはヒースを睨みつけた。 「叔父上の後を継ぐように、ガーダに派遣するさ! おまえはそこで、盗賊と追いかけっこしてりゃいいんだ! 永遠にな!」 叔父のモーヴ公は、そうして命を落としたのだ。遺体は未だに見つかっていない。永遠に荒野を彷徨っているのだ。 「そなたたちは部屋へもどって着替えておいで」 リュウカが静かに言った。 「ここは私が片づけるから、そなたたちは食事を済ませておいで」 「お姉さま、あたしはお姉さまの味方よ! お手伝いします!」 リズは身を乗りだした。ヒースがその手からモップをひったくる。 「はいはい、ジャマジャマ。おふたりさんは部屋にもどって」 「おまえもだ」 リュウカはさらりと言った。 「はいはい、黒猫ちゃん」 く、黒猫ちゃん? エドアルは目をむきだした。 「無礼者! 姉上は一国の王女だぞ! ゆくゆくは女王となられるお方だ! 口を慎め!」 「じゃあ、またな、オレのかわいい黒猫ちゃん」 ヒースはウィンクすると、モップを片隅に置き、廊下を歩きだした。 リズがその後を追った。 あくまでも、自分を無視するつもりだ。 「姉上! あんな無礼を許しておいてよいのですか!」 「そなたも部屋に戻りなさい」 リュウカはモップをかけながら、静かに言った。 エドアルは廊下を歩きだした。充満するワインの匂いに辟易していたし、モップがけの手伝いをするのもまっぴらだった。 なにより、腹の中が煮えくりかえるようで、じっとしていられなかった。 どれもこれも、みんなあいつのせいだ、とエドアルは思った。 あいつなんて、叔父上に預けなければよかった! 姉上から預かったあの森に、そのまま放っておけばよかったのだ!
食堂に、リズは現れなかった。エドアルはひとりで晩餐をとり、湯浴みを済ませ、寝間着に着替えてベッドに入った。大勢の侍女は、湯浴みと着替え、それぞれの仕事を終えると、残らず引きあげていった。今朝までとは格段の違いである。やっと、国賓らしくなった気がした。 だが、心は寒かった。 ヴァンストンはどうしているだろう? 医師たちに連れていかれた後、居留守だなんて。 私は、ひとりぼっちだ。 ナイトテーブルに手をのばした。呼び鈴をとり、振る。闇の中、鈴の音は大きく響いた。灯りが、寝室に入ってきた。 「どのようなご用件でしょう」 侍女ではなく、男だった。 「姉上は、どこにいらっしゃる?」 「姉君とおっしゃいますと?」 「リュウカ姫だ」 「書斎にいらっしゃいます」 「どこだ、そこは」 「お部屋をお出になりまして、右へまっすぐ、棟の渡り廊下を行きまして、突きあたりを左に曲がり、その先のふたつめの角を右に曲がりまして、三つめの角を右に、その先の突きあたりに廊下がございまして……」 「そこへ行く。灯りを用意しろ。ガウンはどこだ?」 男の手伝いでガウンを羽織り、灯りを持って廊下に出た。男の案内で書斎へ向かう。 灯りの落ちた場内は不気味だった。 廊下のたいまつは炎も小さく、かすかに床と壁とを見分けられる程度だった。男の足取りは迷いがなかった。 渡り廊下で、風が吹いた。冷たい風だった。入浴であたたまったはずの体は、たちまち凍えた。 三つの棟を過ぎて、女の笑い声が聞こえてきたときにはホッとした。聞き覚えのある声だったからだ。書斎の前に立つと、閉じた扉から黄金色の灯りがにじんでいた。 早口で弾むような女の声はまだ続いていた。 「そのときよ、リリーがにこって笑ったの。そしてね、『前の王妃さまのことご存じなのね』って言ったの。あたし、ピンときたの。ああ、この人もおんなじなんだって。だから、すぐに『大好きよ。あたしの憧れの人なの!』って答えたの。それからは、もうたいへん! いっぺんに仲良くなっちゃって、パーヴに着くまでの間、ずーっとその話ばっかり。モーヴ叔父さまがね、途中で『あんな跳ねっかえりの頑固者のどこがいいのかね』って言うもんだから、リリーとふたりで大反撃よ!」 エドアルは男を帰し、扉を開けた。 女の声がピタリとやんだ。 明るい灯の中、大きな木の机にひとり、その向かいの大きなクッションの上にひとり。 こちらを凝視している。 「エリザ姫、姉上のお仕事のジャマはしないと申していたでしょう」 エドアルが最初に言ったのは、これだった。 「姉上も、たしなめたらいかがですか。仕事がはかどりませんよ。お忙しい身なのですから、遊んでいないで、さっさと仕事を片づけてお休みください。それに、こんな夜中に騒いでいては、ほかのお部屋に迷惑でしょう。常識のない人たちだ」 リズはすでに視線をそらしていた。エドアルの声など聞こえていないかのように、話を続けた。 「それでね、モーヴ叔父さまったら、『あんな怖い女はいないぞ、羊の生首を平気でつかむんだからな』って言うの。実はね、モーヴおじさまは山羊とか羊の顔が怖いんですって! 何考えてるかわかんないって言うのよ」 何かの音色が響いた。 琴の弦のような音だった。 嫌な予感がして、もう一度室内を見回した。 机の横の大きな壺の陰に、もうひとり、すわりこんでいた。竪琴の手入れをしている。もちろん、髪は金色だった。片膝を立て、もう片足を伸ばしてすわりこんでいるさまは、長い手足を見せつけるようで、どうしようもなく腹が立った。 「おまえ! こんな夜中に何をしている!」 エドアルは怒鳴った。ずかずかと室内に足を踏み入れた。 ヒースは、エドアルに一瞥をくれた。 「自分のしていることがわかっているのか? 高貴なご婦人たちとこんな夜更けに、こんな密室で! 逢い引きととられても申し開きできないぞ! ご婦人たちの名誉を汚すつもりか!」 「そなたも眠れぬのか?」 書類から眼を離さずにリュウカが訊ねた。 「ならば、いなさい。だが、争いごとはやめなさい。気が散る」 「でしたら、姉上、このうるさいおしゃべりを放っておいていいのですか?」 リズはピタリと口をつぐんでいる。エドアルが声を出すと黙るのだ。まるで、嫌がらせのように。 「笑い声は歓迎するよ」 リュウカは言った。 「約束するなら、好きなところにいなさい」 「しかし、姉上、他の部屋に迷惑が……」 「この棟には誰もいねぇよ」 ヒースが弦を張りながら言った。 「少なくとも、寝てるヤツはな。ここは住まいじゃねぇから。そっちのテーブルに水さしがあるだろ。飲みたかったら飲むよ」 机から少し離れたところに丸テーブルがあった。小ぶりの白い水さしがのっている。中をのぞくと、まだ少し残っていた。小さなグラスに注ぐ。熱くはないが、温かかった。 「私には内緒で、こうして集まっていたのですね」 恨みがましくエドアルは言った。 「そんなに私を仲間はずれにしたいんですか」 リュウカは顔をあげた。 「申し合わせてはおらぬよ。ただ……」 ヒースが後を引き継いだ。 「来る者は拒まぬ! だよな」 リュウカはうなずいて、また机上に目をもどした。 「何を読んでいらっしゃるのですか?」 エドアルはのぞきこんだ。紙が何枚も重ねられ、細かい文字がびっしりと並んでいた。 「訴状だ。明日の面会分の」 リュウカは短く答えた。 「そんなもの!」 エドアルは叫んだ。 「明日、口頭で説明を聞いてからお決めになればいいではありませんか!」 「みな、窮している」 リュウカは顔をあげ、グラスに口をつけた。 「ここまでの旅費でさえ、村中で出しあって、やっとなのだ。待たせてはおけないよ。それに、あらかじめ調べておかなければ、何をどれだけ訊ねたらよいかわからぬだろう」 「そんなこと、姉上がなさらなくてもよいではありませんか」 リュウカはすなおにうなずいた。 「うん。もしも、ほかに人がいるならね。だが、誰もいないようなのだ。だから、館の前に行列ができる。ちがうか?」 「しかし、姉上だけがご苦労なさらずとも……」 「私だけではないよ。リリーもよくやってくれるし、らノックも仕切ってくれている。館で働いてくれている人々もそうだ。まだ数は少ないけれど」 そうか! エドアルの中で急に力がわいた。 「私もお手伝いいたします! いずれこの国に根づくのです。新しい国づくりを、ご一緒にいたしましょう!」 リュウカが苦笑した。 「肩の力を抜きなさい。そなたの理想には、残念ながらそぐわないのだし」 「何をおっしゃいます! 私はたった今、この国に骨を埋める覚悟で、姉上と新しい国づくりをする強い決意を固めたのです!」 「国づくりなど、クソくらえだ」 リュウカは吐き捨てるようにつぶやいた。 エドアルは、聞きちがえたと思った。 「国づくりが、なんですか?」 「ク、ソ、く、ら、え」 ヒースが代わりに言った。笑っている。 「適当なことを言うな!」 「あんたは世間知らずなんだよ」 「おまえこそ、どうなんだ! え?」 「オレも、充分知っているとは言えないな」 「ほら、見ろ!」 「でも、あんたよりは、いくらかマシだと思うぜ。自分は物を知らないって自覚がある分だけな」 「謎かけのような言い回しでごまかすな! 姉上! どうして、こんな下賤な者をおそばに侍らせておかれるのですか!」 「この子は決して賤しくはないよ」 「姉上!」 「その考えが改まらぬ限り、そなたと私は相容れぬ。さあ、もう放っておいてくれぬか。今夜中にこれを読んでしまいたい」 リュウカは顔を伏せた。 いったい、何が気に入らないんだろう。 エドアルには不思議だった。 自分とリュウカとは、このリュウインを正しく導くように、幼いころから育てられたはずだ。いずれは結婚して、ともに治めるはずだったのに。 どこで狂った? 見回すと、リズが刺繍をしていた。 婦人のよき嗜みだ、とエドアルは思った。 「なるほど。よい趣味ですね。良妻賢母への一歩ですよ。感心なことです。あなたも、やはり女性なんですね」 リズの手が、パタリと止まった。 空気が凍りついている。 どうして? 褒められたのが、うれしくないのか? リズはゆっくりと刺繍をふり上げた。 壁に向かってたたきつけようとしている? 「やめとけ。売り物になんねぇぜ」 ヒースが竪琴をつまびきながら言った。弦の音色が空気を震わせた。 「そうね」 リズは手をおろし、作業を再開した。 「売るんですか? それを?」 エドアルは、おおげさに驚いてみせた。 今、たしかにリズは、自分の言葉に反応したのだ。また応えてくれるだろう。 「おこづかいが足りないなら、言ってくださればよいのに。いかほどですか? すぐご用意しますよ」 しかし、リズは答えなかった。 ヒースが口をはさんだ。 「そいつは売らなきゃイミがねぇんだよ」 「おまえになんか、訊いておらん!」 エドアルが叱りつけると、それきりになった。 沈黙がおりた。 時折、紙をめくる音や弦の音が響いたけれど、誰も口をきかなかった。 エドアルだけが手持ち無沙汰だった。 リズは怒ったような顔で刺繍を続け、リュウカは無表情に書状を読み、ペンをとってはメモをとり、分厚い本をめくっては、また書状にもどるのだった。 ヒースはというと、竪琴を磨き、弦を張り替えながら、足下の本を読んでいた。つま先がリズムをとるように動いていた。 「何をしている」 四半ニクルほどして、エドアルは訊ねた。 ヒースは目もくれない。 「デュール! デュール・グレイ! 何をしているのだ!」 ヒースは目をあげた。 「楽器の手入れだよ」 弦を鳴らした。 その気安さに、エドアルはますます腹が立った。 「見ればわかる! そっちじゃない! 何を読んでいるのだ!」 「本」 「それはわかる! 何の本だ!」 「竪琴の本」 「何が書いてある?」 「竪琴の話だよ」 「そんなことはわかっている! 内容を話せ!」 「えーっ?」 ヒースはイヤそうな声をあげた。 「あんた、ゼッタイ興味ねぇよ。言ってもいいけどさ」 「おもしろくないかどうかは私が決める。話せ」 ヒースは大きく肩をすくめてみせた。 「責任とんねぇぞ?」 意味不明の言葉を語りだした。おかしな抑揚がついている。 エドアルの顔はみるみるうちに真っ赤になった。 「バカにしているのか!」 ヒースは笑った。 「歌だよ」 竪琴をつまびいた。ワンフレーズが響いた。 「ならば、初めから弾けばよいだろう!」 「諳譜してんの。な? あんたにはつまんねぇだろ?」 ヒースはニヤと笑った。 その顔が、さらにエドアルの気に障った。 「姉上はお仕事をなさっていらっしゃるんだぞ! おまえはなんだ! 遊んでばかりで!」 「そういうあんたはどうなんだ?」 ヒースは本から目を離し、竪琴を一気に弾き始めた。 ひじょうに早いテンポの曲である。指が目にとまらぬすばやさで動き、メロディーが聞く者を圧倒した。 長い曲だった。 ヒースは目を閉じていた。浅黒い顔の中で、いつもは大きく見える唇が、小さくつぶやくように動く。乱暴者にしか見えない普段とはちがった。そこにいるのは、繊細な音楽家のようだった。 「詞は?」 曲の途中で、リュウカが口をはさんだ。 「あるよ」 引き続けながら、ヒースは答えた。大きな青い眼は開かれていた。いつもの憎らしいヒースだった。 「歌わないのか?」 「初めての曲だからなあ。まだうまく弾けないんだよ。耳で聴くのとちがって、譜面は難しいや」 そう言いながら、流暢に弾く。 「私、この歌知ってる」 リズが言った。 「フォッコで聴いたことある。もっと短くって、メロディーも単純だったけど。国を追われた英雄が森を切り開いて作物を育てようとするんだけど、仲間が次々と死んでいくのよね」 「フォッコって、リズが育ったとこか」 「そうよ。広くてきれいなところ。お姉さま、今度一緒に行きましょうよ」 エドアルは傷ついた。 まだ、仲間はずれにされている。 「残念だが、これについてる詞は、そいつじゃねぇぜ」 ヒースは言った。 「じゃあ、どんな詞なの?」 リズが首をかしげた。 「こんな歌詞」 ヒースは歌いだした。 よく通る声が夜の空気に響いた。 歌詞が聞きとれなかった。 しばらくして、それはピートリークの言葉ではないことに気がついた。 北の大国ウルサの言葉のようだ。エドアルの知っている単語が、少しだけ聞きとれた。 「なるほどな」 歌が終わると、リュウカは言った。 「どこから出した? その本は」 「書庫にあったんだよ」 「長年国交はないのだが。よく紛れこんでいたものだ」 「けっこうあったぜ。国交があったころに入ったんじゃねぇの? どれも古かったし」 「よく読めたな」 ヒースはあきれたようにリュウカを見つめた。 「よしてくれよ。オレがペラペラだって、あんたも知ってるクセに!」 リュウカは少し黙った。 「そういえば、そうだったな」 「もしかして、あんた、オレがガキんときのままだと思ってんの?」 リュウカは少し笑った。 図星らしかった。 ヒースの顔が紅潮した。 「言っとくけど! オレは酒も飲めるし、背も伸びたし、剣だってそこそこ使えるし……」 「何の歌なの? 二人だけで話すなんて、ズルいわ」 リズがふくれた。 リュウカがゆっくりとふり向いた。 「ウルサの神話だ。ウルサの地が氷に閉ざされ、神の一人が怪物を退治すると太陽が戻り、貼るが訪れたという話だ」 「つまんない」 リズは頬をふくらませた。 「あらすじだけ聞いたって、楽しくないわ。ちゃんとわかる言葉で歌って!」 「じゃあ、宿題な」 ヒースは本を突きだした。 「訳してこいよ」 「ひどーい! できるわけないじゃない! こんなヘンな文字、見たこともないのよ? そりゃあ、パーヴでは習うかも知れないけど、ここじゃ誰も知らないわよ! どうやって 調べろって言うの?」 「そこに、教えてくれそうなのがいるだろ」 ヒースはエドアルのほうを見ずに、本だけ傾けて示した。 「イヤよ! あんな意地悪な人!」 リズは立ちあがった。 「ゼッタイ、イヤ!」 「リュウカとオレは忙しいし、ヒマなのは、そいつしかいねぇんだよ」 「イヤよ! リリーに習うわ!」 「かあちゃんは知らねぇよ」 「イヤったら、イヤっ!」 足を踏みならした。 イヤなのは、エドアルも同じだった。 |
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