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![]() 〜 リュウイン篇 〜
2007.01.27
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やがて、リュウカはひとつの扉の中に入った。 また、轟音が響いた。 何か重たいものが落ちて転がるような音である。 入ったきり、出てこない。 轟音だけが、繰り返される。 エドアルはおそるおそる覗いてみた。 甘い粘りつくような匂い。樽がぎっしりと並んでいる。 リュウカは剣を握っていた。その刃には、ぬめるような光。いかにもずっしりと重そうで、もしエドアルなら振り回すことはおろか、逆に振り回されそうな気がした。 刃が振り上げられ、振り下ろされた。 樽がまっぷたつ! と思ったが、期待を外れ、太いロープの封を切り落としたに留まった。 樽の栓を抜き、まくりあげたドレスの下から足が伸び、樽を蹴り倒した。 重く低い音が響いた。いつまでも響いた。イヤに耳につく響きだった。 中から、赤黒く粘りけのある液体が流れだした。それはあたかも、心臓の脈打ちに合わせて噴きだす血の海だった。甘い匂いが強さを増した。 エドアルはくらくらした。吐き気がこみあげ、その場にすわりこんだ。 リュウカはひとつ、またひとつと樽の封を開け、転がしていく。 魔物だ。 魔物に取り憑かれたんだ。 誰か、これは夢だと言ってくれ! 悪い夢だと! しかし、強く甘ったるい匂いが、イヤというほど現実を突きつけた。 ならば、せめて! せめて誰か、止めてくれ! 「リュウカ、それぐらいにしとけよ」 弦に似た声が、からかうように響いた。 薄暗がりに、白っぽい髪。背の高い異国の風貌。 救いの神のように見えた。 「うへえ。こりゃあ、後始末がたいへんだぜ。あんたもつきあえよ。自分の粗相なんだからな」 恐れを知らない不敵な笑み。神にしては悪意に満ちていると思った。 「おまえ、どうして」 リュウカが首をかしげた。鬼気迫る勢いは消えている。すべては夢幻であったかのように。 「リズに聞いたぜ。いくら嫌いだからって、ここまでやらなくてもいいだろ。リズのじーちゃんには、オレから頼んどくからさ」 「宰相ではない。国王の命令なのだ」 リュウカの目に、一瞬殺気のようなものが走った。 狂気が再燃するように思えて、エドアルは体をこわばらせた。 「あんなおっさん、まともな話ができるもんか」 ヒースはカラカラと笑った。 よくもまあ、軽く笑い飛ばせるものだ、とエドアルは思った。 背筋が冷たい。震えが走る。 状況を察しろ。このうつけ。 「なんのかんの言って、実質的な権力者はリズのじーちゃんだろ。オレから言っとくからさ、その物騒なもん、しまってくんない? なあ、リュウカ」 リュウカは剣を振り上げた。 斬られる! ヒースの胴が上下まっぷたつに分かれるさまを想像して、エドアルはこわばった。 目をつぶりたかったが、もはやまぶたさえも自由にならなかった。 リュウカは剣をひとふりして、鞘に収めた。 「おまえが言って、どうにかなるものではなかろう」 信じられない。 あの狂気はどこへ失せたのか? 「ここがよくわかったな」 「あんたのすることなんか、お見通しだよ。つきあい長いんだぜ?」 たぶん、ワインの痕を追ってきたのだろう。エドアルと同じように。 「さっさと樽を起こせよ。どうせ、足りなくなりゃ買うだけだろ? あんたのやってることは、無意味だよ。わかってる?」 「そうだな、すまぬ」 リュウカはおとなしく樽を引き起こした。 「あんたみたいな凶暴な女、野放しにしとくなんて、危なすぎるぜ」 「そうだな」 エドアルも、同感だと思った。 「だからさ、こんなとこ来ないで、オレんとこ来いよ」 ヒースも樽を引き起こした。 服が暗い色に染まった。 「それでどうなる? 無意味だ」 リュウカは淡々と樽を引き起こす。 「大ありだよ! 話だって聞いてやれるし、暴れたって、泣いたっていいんだぜ?」 「たいした自信だな」 「長いつきあいだからね」 ヒースは扉の裏をまさぐって、モップとバケツを出した。 |
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