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![]() 〜 リュウイン篇 〜
2006.11.13
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「私、まだ結婚したくないわ」 リズは朝食後、ぷいといなくなってしまった。 なぜうれしくないのだろう! エドアルには納得がいかなかった。 まだ遊びたいのだろうか? いつまでも遊んでいられるわけではない。来年は成人するのだから、そろそろ支度があるだろう。成人してからでは間に合わない。 成人というのは、その日から大人の仲間入りをすることで、大人の支度を始める日ではない。 もしかして、そんなこともわからないのか? 子どもなのだろうとエドアルは結論づけた。 マムやリリーなどのような、どこの馬の骨ともわからぬ者を教育係につけるからだ。由緒正しき家柄の者はいなかったのか? 叔母上とは立場が違う。叔母上は下々の者を『保護』したのだ。教育されたわけじゃない。 今ごろ愚痴ても仕方がない。これからは、私が正しく導かなくては。 それが、まともな夫の務めである。 姉上にも協力してもらおう。 決意を胸にリュウカを探した。 部屋にはいない。リズの部屋もからっぽだ。 王族の棟を出てしまったのか? 姉上も自覚がない! 下々の者と気安くふれあってはいけないお立場なのに! エドアルは侍女を呼びつけた。 「ヴァンストンを呼ぶように」 しかし、戻ってきて言うには、ヴァンストンは居留守を使っていると言うのだ。 どうなっているんだ? この国は! 悪しき空気ゆえに、忠臣まで狂ってしまったのか。 エドアルは出向いた。じかに呼び、性根をたたき直すしかない。 鞭をとり、王族の棟を出る。 渡り廊下を通り、中庭に目をやる。 まぶしい日差し。小さな庭に緑の芝生と小さな木陰。仲むつまじげに男女が木陰で笑っている。 のどかさが、神経を逆なでした。 朝から怠けていないで、働け! そのとき、男の髪が金色に光った。 あ、と思った。 もしや! 女の髪は黒髪だった。 「姉上!」 怒鳴った。 体がカッと熱くなった。 「そのような下々の者と!」 芝生の中に踏みこむと、こめた力でムダに沈んだ。 足をとられ、歩みが遅くなる。それがまた、さらに苛立ちを募らせた。 「離れろ! 下賤!」 手を振り、気づいた。 ちょうどいい! 鞭はよくしなった。 「穢れが移る! 離れろ! 姉上の清い体を汚すな!」 鞭はうなりをあげた。 黒髪の女がわりこみ、剣のさやを掲げた。 鞭はたちまち巻きついた。 鞘が引かれると鞭の取っ手もまた引かれ、エドアルの手からするりと抜けた。 「あっ!」 「それぐらい、オレだって受け流せるぜ」 金髪の男が鞭をほどいた。 黒髪の女のぴたり斜め後ろ、息がかかるほどの近さである。 「はっ、離れろ!」 エドアルが駆け寄ると、金髪の男が鞭を持った。 「やっ、やめろおおっ!」 両腕で顔をかばった。 「なにやってんだよ」 金髪の男が吹きだした。鞭の取っ手を差しだしている。 「おまえが悪いっ!」 エドアルは怒鳴った。 「素行が悪いからっ! 日頃の姿を見たら、誰だってやり返すと思うだろうっ!」 ほとんどリュウカへの言いわけである。 ひったくるようにして、鞭を取り戻す。 「ダメにしてしまったな」 リュウカは元いた場所に戻って、椀を拾いあげた。 「服汚れた?」 「いや」 「じゃあ、これ飲めよ」 「おまえの分だろう」 「オレはあとからいくらでも食えるからさ。あんたは、今食っとかないとダメだ」 むむむ。 まだやってる! 「姉上! こんなところで、こんなヤツと何なさってるんですか!」 「メシ」 けろりとした顔でヒースが答えた。 エドアルは思い当たった。 そういえば、朝食の席で、姉上はほとんどなにも口にしなかった。 「おまえが心配することではない。姉上は昨夜晩餐会で多々召されて、空腹でいらっしゃらないのだ」 「バカはほっといて、リュウカ、食えよ」 「おまえがあがりなさい」 「バカだと!」 鞭の取っ手に力をこめる。 「言うに事欠いて、一国の王子を卑しめるか!」 「わかった、わかったって」 ヒースが苦笑した。 「やんごとないお姫さまは、その晩餐会とやらでも何にも召しあがってねーの」 リュウカが手でさえぎった。 ヒースから椀を取り、一気に飲み干す。 「すまぬな」 椀を返して身を翻した。 「姉上!」 エドアルは後を追った。 「あんな下々のものを召し上がって! おなかを壊されたらいかがなさいます!」 「毒は入っておらぬ」 毒! 一気に背筋が冷えた。 「縁起でもないことを! ご冗談はおやめください! なんのためにここへ参ったのです!」 「リズとは仲直りをしたのか」 うっ。 「そっ、それは……」 一瞬言いよどんだが、思いだした。 「そっ、そのために姉上をお探し申しあげていたのです! エリザ姫によい教育係をつけませんと! このままでは貴婦人としての気品が身につきません!」 「リズはよい子だ」 「それは私も認めます。でも、一国の王女としてはまだまだ足りません! 民の見本となるような立派な貴婦人にならなくては! そのためにも、きちんとした教育係をつけて躾ませんと!」 リュウカは立ち止まった。 「エドアル」 「はい」 やっと、本気になってもらえただろうか? 「まずは、そなた自身が学びなさい」 エドアルは一瞬黙った。 なるほど、もっともだ、とうなずいたからではない。 「姉上、話をそらさないでください。私はエリザ姫のことを話しているのですよ」 「そなたはこの国に来て浅い。学ぶ必要がある」 「それはその通りですが、それとこれとは違います。私が勉強するならなおのこと、エリザ姫を放っておいてよいのですか!」 「龍でもないのに、猫の仔を龍の仔と見分けられようか?」 「姉上の言うことは、てんで的はずれです! 私はエリザ姫のことは昔から知っているんです! それに、エリザ姫は最初から一国の王女です! 猫の仔とはワケがちがいます!」 リュウカは小さく息を吐いた。 「そなたは、モノをよく知っておるようだ。私よりもな」 「姉上、ご立腹なさったのですか?」 「ほかに意見が欲しいなら、ほかを当たりなさい」 「姉上! ご機嫌を直してください! 私が悪かったのなら謝ります!」 リュウカは首をふった。 「言いたいことは言った。後は自分で考えなさい」
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