せかされて、深夜に城に入った。
「お待ち申しあげておりました」
きらびやかな行列が、一行を出迎えた。
なかでも巨大な頭をした派手な女が進みでて、リュウカを上から下まで眺めまわした。
「お出迎え痛み入ります。王后陛下」
エドアルが宮廷風の礼をした。
「お疲れになりましたでしょう。今宵はゆるりとお休みくださいませ」
エドアルから目を離し、再びリュウカを眺めまわす。
「お初にお目にかかります。リュウカ姫」
勝ち誇ったような目。
リュウカはおとなしく頭を垂れた。
「お目にかかれて光栄でございます、王后陛下」
「お母君とご一緒でなくて残念ですわ!」
女の声がうれしそうに響く。
「今や後ろ盾のない身。王后陛下のご温情だけが頼りでございます」
リュウカはますます頭を垂れた。
「お顔をあげてくださいまし」
女の声はさえずり歌うようだった。放っておけば、踊りだしたかも知れない。
「本日今より、妾《わたし》をまことの母とお思いくださいませ」
後ろにいる若い女を手招きする。王妃によく似た美人で、姉妹のように見えた。
「こちらはアイリーン王女、妾《わたし》の娘ですの」
「はじめまして、お姉さま」
つりあがった目が光り、唇の両端がふくみありげに上がった。
「不思議ですわ。生まれたときから城におりますのに、お姉さまにお目にかかるのはこれが初めてだなんて」
「野育ちですので、いたらぬところ多々あるやも知れません。よろしくご指導のほどを」
リュウカはへりくだって頭を垂れた。
「まあ、どちらの野のお育ちですの?」
目の前の姫は、大げさに両手を口元にあてた。
「幼きはウィックロウ。近ごろはどことも知れず、馬を駆り、羊を追っておりましたので」
「羊って、なんですの?」
「アイリーン、それはラムのことですよ」
王妃が大声で言った。
「まあ、おとうさまが見るのもおイヤという、あの臭い獣肉ですの? そういえば、ここも何か臭いませんこと?」
アイリーンがわざとらしく鼻をくんくんと鳴らした。
「これは失礼いたしました。直ちに汗を流して参りましょう」
リュウカが一歩退くと、アイリーンはかん高く笑った。
「しみついた臭いは、一晩ではとれませんことよ」
「臭いが移らないうちに、失礼させていただきますわ」
王妃も高らかに笑った。
「姉上、なぜ黙って屈せられたのですか?」
静かなところまで退くと、エドアルはなじった。
「あんなひどい侮辱を衆目の前で受けて」
たかが口先に腹を立てている場合ではあるまいに。たとえ言い返したところで、水かけ論になるのは目に見えている。
案内された客室はエドアルの部屋とは離れていた。
「ここなら、そなたを守る必要はない。支障はなかろう」
抗議したがるエドアルをなだめた。
「しかし、姉上が……」
「そなたが守れるわけではあるまい」
部屋に入ると、大勢の侍女たちが待ちかまえていた。
「まずは湯浴みを」
ひとつの小さな湯船を十数人の湯女がとり囲んだ。
リュウカは、湯船のそばに大小の剣を置いた。侍女たちがとがめたが、こればかりは譲らなかった。
まだ、生きようと思うのか?
ふと、リュウカは苦笑した。
この絶望的な状況でも、まだ?
しかし、母の遺言だったのだ。
いまだ、己の生なるものは見つけられぬ。
右の指を洗うと、湯女が交代し、左を洗った。手首から肘を洗うと、肘から肩までと、また湯女が入れ替わる。
これでは、すべてが終わるまでに夜が明けそうだ、とリュウカは思った。これがリリーやマムなら、
『きちんと肩まで温まるんですよ。首の後ろから風邪はひくものですからね。髪はよく拭くんですよ。濡れたまま夜風に冷えたら、お熱が出ますからね』
と言って終わりだ。
湯浴みがこれでは、着替えは……。
考えるのをやめた。これも苦行と思い、目をつぶろう。
「お待ちを!」
扉の辺りが騒がしくなった。
「まだ湯浴み中です。お待ちを……」
リュウカは剣に手を伸べた。さやを払い、湯船を飛びだした。
泡を拭く間もなかった。
ついたての向こうから、暗褐色の髪とヒゲに埋もれた顔が現れた。
全身にとり肌がたった。
「レイカはどこだ」
記憶にある声が問うた。
腕が震え、ツバが鳴った。刃が明かりを受けて光った。
「おそろしい! 予に刃を向けるか!」
見開く目。いつか見た、そのままに。
頭の芯が熱くなり、リュウカは必死に正気を保とうとした。
「国王に刃を向ければ死罪ぞ。たとえ何者でもな。しかし、レイカの居場所を教えれば助けてやろう」
柄《つか》が泡で滑る。
拭くものが欲しい。されば、今すぐ斬れるものを!
見開いた目が、泡まみれのリュウカの体を眺めまわした。
「父は……」
乱入者は目を細めた。
「おまえの父は誰だ! まことのことを言え!」
おまえだ、とは言いたくなかった。認めずに済むなら、どんな代償でも払っただろう。
「レイカは、今、その男のもとにいるのだな? では、おまえは何をしに来た! 予から金も力も奪い、レイカと情夫に運びにきたか! おまえにはビタ一文もやらん! いや、レイカの情夫など生かしておかん! どこだ! レイカは今どこにおる! 言え!」
母上!
リュウカはうめいた。
国王は、手近にいた侍女の袖を引いた。懐から短刀を出す。
「レイカの居所を言え! さもなくば、この女の耳をそぎ落とす。それとも指、いや、目がいいか?」
周りの侍女たちが悲鳴をあげ、逃げまどった。
卑怯者め。
「命が惜しくないらしいな」
リュウカは冷たく言い放った。
人質など意味はない。この距離なら、不慣れな握りをしたあの短刀が侍女のどこかを傷つける前に、懐に飛びこみ、腹を蹴り、体を後ろに飛ばすことができる。
だが、その時、国王の表情が変わった。
「その声。レイカにそっくりだ」
目がうるみ、熱っぽいまなざしを向けられる。
再び、全身にとり肌がたった。
「もっと言え。何か言え」
リュウカはうろたえた。
「レイカの声で。予のレイカ」
奇妙な恐怖が躰を貫いた。
「陛下! 国王陛下!」
夜着に着替えた小男が血相を変え、飛びこんできた。
だが、リュウカの目に、その姿は映らなかった。
突進し、国王を蹴りとばした。国王は壁まで転がり、大の字になった。
「レイカ。愛しいレイカ」
頭の芯が白く光った。
ふり下ろす!