「マル、今すぐ都に行け」
怒りを押し殺し、声は低く響いた。
マルタンが驚いて顔をあげた。
「都の法律学校へ行け。家のことは心配するな」
「オレは施しは受けないぞ。母ちゃんだって受けとらないに決まってる」
「私は決めた。熱意と能力のある人材は、国が育てるべきだ。マルが成功すれば前例ができる。私が制度を作る。国をよりよく治めるために手伝え。マルは前例となって後輩のために道を開け。いい役人になってみせろ」
マルタンはためらった。
道理が通っているようにも思える。
「マルが嫌がっても、私はそうするぞ。私には、この国をよくする義務がある。私は自らの義務と良心に従って行動する」
エドアルの目は真剣だった。
マルタンはまだためらっていたが、やがてうなずいた。
「そうだな、でも、母ちゃんを説得するのは一苦労だぞ」
その夜、エドアルは書斎の本と睨めっこしながら草案を書きあげた。
本は難しく、理解できないことばかりだった。逃げだしたくなりながらも書きあげたものは、草案と呼ぶにはおこがましいシロモノだった。
リュウカに相談し、修正をくり返し、できあがった企画書を手にマルタンの家に乗りこんだ。
「才能と熱意のある人を十人選んで、都で学ばせます。年齢も身分も問いません。これは、この街の奨学金制度をさらに推し進めたものです。ぜひ、マルには十人のうちの一人になって、国の計画に協力してもらいたい」
マルタンの母は、大それたことに息子を関わらせる気はない、どうせ施しだろうと言ってきかなかった。
エドアルは辛抱強く通い、何度も説得を重ねた。
しまいには、リュウカだけでなく、リズやデュール・ヒルブルークをも同伴させて説得に当たった。
「領主さまにまでお願いされちゃあ」
ようやく承諾を得、エドアルは宰相に企画書を送った。
宰相からの返事を待つ間に、早馬のヨアラシが城を訪れた。
「あんたの訪ね人、まだ見つからんぜ。いろいろ探してんだけど」
「そうか。急いでいるわけではないが」
リュウカは無表情のまま答えた。
「がっかりしたか?」
「すぐに見つかると思っていたのが甘かったのだろう。もうしばらく見つからなければ、返しに来ておくれ」
気前のいい姫さんだ、とヨアラシは思う。
きっと、預かった文にも、たんまりご褒美をくれるように書いてあるにちがいない。