【第202回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その36

2010.2.24

 

「マル、今すぐ都に行け」

 怒りを押し殺し、声は低く響いた。

 マルタンが驚いて顔をあげた。

「都の法律学校へ行け。家のことは心配するな」

「オレは施しは受けないぞ。母ちゃんだって受けとらないに決まってる」

「私は決めた。熱意と能力のある人材は、国が育てるべきだ。マルが成功すれば前例ができる。私が制度を作る。国をよりよく治めるために手伝え。マルは前例となって後輩のために道を開け。いい役人になってみせろ」

 マルタンはためらった。

 道理が通っているようにも思える。

「マルが嫌がっても、私はそうするぞ。私には、この国をよくする義務がある。私は自らの義務と良心に従って行動する」

 エドアルの目は真剣だった。

 マルタンはまだためらっていたが、やがてうなずいた。

「そうだな、でも、母ちゃんを説得するのは一苦労だぞ」

 その夜、エドアルは書斎の本と睨めっこしながら草案を書きあげた。

 本は難しく、理解できないことばかりだった。逃げだしたくなりながらも書きあげたものは、草案と呼ぶにはおこがましいシロモノだった。

 リュウカに相談し、修正をくり返し、できあがった企画書を手にマルタンの家に乗りこんだ。

「才能と熱意のある人を十人選んで、都で学ばせます。年齢も身分も問いません。これは、この街の奨学金制度をさらに推し進めたものです。ぜひ、マルには十人のうちの一人になって、国の計画に協力してもらいたい」

 マルタンの母は、大それたことに息子を関わらせる気はない、どうせ施しだろうと言ってきかなかった。

 エドアルは辛抱強く通い、何度も説得を重ねた。

 しまいには、リュウカだけでなく、リズやデュール・ヒルブルークをも同伴させて説得に当たった。

「領主さまにまでお願いされちゃあ」

 ようやく承諾を得、エドアルは宰相に企画書を送った。

 宰相からの返事を待つ間に、早馬のヨアラシが城を訪れた。

「あんたの訪ね人、まだ見つからんぜ。いろいろ探してんだけど」

「そうか。急いでいるわけではないが」

 リュウカは無表情のまま答えた。

「がっかりしたか?」

「すぐに見つかると思っていたのが甘かったのだろう。もうしばらく見つからなければ、返しに来ておくれ」

 気前のいい姫さんだ、とヨアラシは思う。

 きっと、預かった文にも、たんまりご褒美をくれるように書いてあるにちがいない。

 

 

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