【第203回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その37

2010.3.3

 

 その日の夕食の席にヨアラシも並んだが、エドアルは文句を言わなかった。

 この男も、自分の役割をきちんと果たしているのだ、とエドアルは思う。

 大事なのは、役割を果たしているか、そのために努力しているかだ。

 この男は恐ろしい水牢に入れられても、姉上の秘密をもらさなかった。見上げた男だ。

 ヨアラシはヒプノイズの近況を語った。

 宰相に、王女がデュール・ヒルブルークにたぶらかされ、安全なヒプノイズからヒルブルークに移ったこと、デュール・ヒルブルークは王女を意のままに操っていること、ただちにヒルブルークを成敗するようにと陳情したという。

「宮廷じゃ、もっぱらの噂だったね。おおかた、ヒプノイズの旦那が誰かれ構わず言いふらしたんだろうよ。自分の悪行がバレる前に先手を打って、目の上のたんこぶを片づけようってハラなんだろう」

「目の上のたんこぶ?」

 リズが訊ねた。

「お姫さんの覚えめでたいのが気に入らんのさ」

 デュール・ヒルブルークは声を震わせて抗議した。

「私は誠心誠意お仕え申しあげているのだ! こともあろうにたぶらかすなどと!」

 ヨアラシはニヤニヤ笑って続けた。

 宰相がヒプノイズの進言を褒めたこと。褒美までとらせたこと。

「そんなバカな!」

 エドアルは叫んだ。

「姉上の言い分もきかないで!」

「恩を売って飼い慣らすつもりなんだろ」

 ヨアラシはニヤニヤしながら答えた。

 有利になるのなら、黒いものでも白いと言う。それが世渡りというものだ。とヨアラシは思う。

「この国に正義や道理はないのか! 姉上、こんなことを見逃していいのですか?」

 自分の求める政治とは、こんなものではない、とエドアルは思う。正直者がバカを見ては、将来に希望などないではないか。

 リュウカは口を開いた。

「私たちに選択肢はないよ。決めるのは宰相だ」

「姉上!」

「誰も害を被らなかったので、よしとしよう。もし、ヘタに罰して造反されれば、パーヴのつけこむスキとなるだろう。誰も傷つかなかったのだから、よいではないか」

 ヨアラシはゲラゲラと笑いだした。

「あんた変わってんなあ。傷がついたのは、ほかでもない、あんた自身の名誉だぜ」

 夕食を終えて、ヨアラシは客間で一人くつろいだ。

 ソファに寝転がり、天井を眺める。もとは白かったのだろうが、壁紙はまだらに黄ばんでいた。少し貧しさを感じさせる辺りが、ヨアラシにはちょうどよかった。

 まぶたを閉じた。ヒバ村の情景がよみがえる。

 切り株を掘り起こす村人たち。

 ただの早馬を装って村に入ってみれば、村人たちの困惑ばかりがうかがえた。

 不幸の源である黒い悪党が、とつぜん、また生き血をすすりにきたのだと危ぶんで見たものの、その黒い悪党は年若く働き者の娘だった。泥だらけになり、汗水垂らして一緒に働く。口数が少なく、うまいことを言って騙すでもない。

 弱みを掴んで村長とつるみ、脅迫するつもりかも知れないと遠巻きにしつつ、実のところ、黒髪の悪党のことをどう考えたらいいのかわからなくなっていた。

 あと少し、時間があれば、村人たちの心をつかめたかも知れない、とヨアラシは俄然興味がわいた。リュウカのやることを見たくなったのだ。

 袋から黒い布袋を取りだし、頭上に掲げてみる。

 リュウカから預かった手紙が入っている。薄くて軽い。

 いずれは届けなくっちゃな。

 何が書いてあるのかは知らないが、たぶん受取手はたんまり礼をくれるだろう。それが縁の切れ目になるか、それともまだまだ続くのか。

 しばらくは、お手並みを拝見といこう。

 

 

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