その日の夕食の席にヨアラシも並んだが、エドアルは文句を言わなかった。
この男も、自分の役割をきちんと果たしているのだ、とエドアルは思う。
大事なのは、役割を果たしているか、そのために努力しているかだ。
この男は恐ろしい水牢に入れられても、姉上の秘密をもらさなかった。見上げた男だ。
ヨアラシはヒプノイズの近況を語った。
宰相に、王女がデュール・ヒルブルークにたぶらかされ、安全なヒプノイズからヒルブルークに移ったこと、デュール・ヒルブルークは王女を意のままに操っていること、ただちにヒルブルークを成敗するようにと陳情したという。
「宮廷じゃ、もっぱらの噂だったね。おおかた、ヒプノイズの旦那が誰かれ構わず言いふらしたんだろうよ。自分の悪行がバレる前に先手を打って、目の上のたんこぶを片づけようってハラなんだろう」
「目の上のたんこぶ?」
リズが訊ねた。
「お姫さんの覚えめでたいのが気に入らんのさ」
デュール・ヒルブルークは声を震わせて抗議した。
「私は誠心誠意お仕え申しあげているのだ! こともあろうにたぶらかすなどと!」
ヨアラシはニヤニヤ笑って続けた。
宰相がヒプノイズの進言を褒めたこと。褒美までとらせたこと。
「そんなバカな!」
エドアルは叫んだ。
「姉上の言い分もきかないで!」
「恩を売って飼い慣らすつもりなんだろ」
ヨアラシはニヤニヤしながら答えた。
有利になるのなら、黒いものでも白いと言う。それが世渡りというものだ。とヨアラシは思う。
「この国に正義や道理はないのか! 姉上、こんなことを見逃していいのですか?」
自分の求める政治とは、こんなものではない、とエドアルは思う。正直者がバカを見ては、将来に希望などないではないか。
リュウカは口を開いた。
「私たちに選択肢はないよ。決めるのは宰相だ」
「姉上!」
「誰も害を被らなかったので、よしとしよう。もし、ヘタに罰して造反されれば、パーヴのつけこむスキとなるだろう。誰も傷つかなかったのだから、よいではないか」
ヨアラシはゲラゲラと笑いだした。
「あんた変わってんなあ。傷がついたのは、ほかでもない、あんた自身の名誉だぜ」
夕食を終えて、ヨアラシは客間で一人くつろいだ。
ソファに寝転がり、天井を眺める。もとは白かったのだろうが、壁紙はまだらに黄ばんでいた。少し貧しさを感じさせる辺りが、ヨアラシにはちょうどよかった。
まぶたを閉じた。ヒバ村の情景がよみがえる。
切り株を掘り起こす村人たち。
ただの早馬を装って村に入ってみれば、村人たちの困惑ばかりがうかがえた。
不幸の源である黒い悪党が、とつぜん、また生き血をすすりにきたのだと危ぶんで見たものの、その黒い悪党は年若く働き者の娘だった。泥だらけになり、汗水垂らして一緒に働く。口数が少なく、うまいことを言って騙すでもない。
弱みを掴んで村長とつるみ、脅迫するつもりかも知れないと遠巻きにしつつ、実のところ、黒髪の悪党のことをどう考えたらいいのかわからなくなっていた。
あと少し、時間があれば、村人たちの心をつかめたかも知れない、とヨアラシは俄然興味がわいた。リュウカのやることを見たくなったのだ。
袋から黒い布袋を取りだし、頭上に掲げてみる。
リュウカから預かった手紙が入っている。薄くて軽い。
いずれは届けなくっちゃな。
何が書いてあるのかは知らないが、たぶん受取手はたんまり礼をくれるだろう。それが縁の切れ目になるか、それともまだまだ続くのか。
しばらくは、お手並みを拝見といこう。