【第200回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その34

2010.2.10

 

 エドアルの正体を、イッポリートは黙っていなかった。

 祖母に話し、隣近所に話し、帰宅した家族たちに話した。

 どちらにしろ、役人や領主がわざわざ出向いたことは不審を招き、あらぬ噂になっていた。

 イッポリートの話は、勝手な憶測を打ち消す形となった。

 わざわざ貧民の仲間になりたがる不幸な王子を見物しに、近所の人々が群がった。

「変わってんなあ」

「よっぽどさみしかったんだな」

「甘えていけよ」

 背中を叩かれ、頭をぐちゃぐちゃに撫でられ、馴れ馴れしい歓待をエドアルは受けた。

 その後も護衛を連れて歩くエドアルを見かけると、人々は気軽に声をかけた。

「よお、王子」

「王子、こんにちは」

 マルタンも最初はぎごちなかったが、近所に感化され、馴れていった。

「偉い身分の人が、オレたちみたいなのに興味を持つなんて、有り得ないんだぜ」

 と、マルタンは言った。

「だから、みんなうれしいんだよ。オレたちのこともちゃんと考えてもらえるんだって」

 昼はマルタンと一緒に法学校で雑用をした。

「私には働く経験が必要だと思うのですが、ひとりでは心細いので、マルと一緒に法学校で雇ってもらえませんか。法学校なら、法律に携わる者として、いい経験になりますし」

 エドアルがリュウカにそう頼んだのだ。

 学生たちには身分を伏せた。一度、学生に乱暴されかかり、護衛の者たちが取り押さえたことがあった。以来、身分を隠した偉いさんの子息と噂がたち、誰も手を出さなくなった。

 講義は受けなかったが、生徒の雑談や態度はうかがえた。雑用を済ませたエドアルを労う者もあれば、嘲る者もあり、もっとも多いのは、見えていないかのように無視する者だった。

 田舎の学校であるから、貴族の子などではなく地元で有力な役人の子が、しばしばエドアルを嘲った。

「護衛が怖くて手が出せないんだ」

 マルが陰で嘲い返した。

 廊下を通りすがりに、女生徒が声をかけた。

「さよなら。今日もご苦労さま」

 法学校では女生徒は珍しいが、王都帰りの教師の娘で、かなりの秀才だと評判だった。

「あの子、いつも挨拶するけど、オレに気があるのかな」

 マルタンが言った。

「いや、私にだろう」

 エドアルも言った。

 二人は顔を見合わせて笑った。

「じゃあ、どっちがデートに誘えるか、賭けよう」

 

 

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