エドアルの正体を、イッポリートは黙っていなかった。
祖母に話し、隣近所に話し、帰宅した家族たちに話した。
どちらにしろ、役人や領主がわざわざ出向いたことは不審を招き、あらぬ噂になっていた。
イッポリートの話は、勝手な憶測を打ち消す形となった。
わざわざ貧民の仲間になりたがる不幸な王子を見物しに、近所の人々が群がった。
「変わってんなあ」
「よっぽどさみしかったんだな」
「甘えていけよ」
背中を叩かれ、頭をぐちゃぐちゃに撫でられ、馴れ馴れしい歓待をエドアルは受けた。
その後も護衛を連れて歩くエドアルを見かけると、人々は気軽に声をかけた。
「よお、王子」
「王子、こんにちは」
マルタンも最初はぎごちなかったが、近所に感化され、馴れていった。
「偉い身分の人が、オレたちみたいなのに興味を持つなんて、有り得ないんだぜ」
と、マルタンは言った。
「だから、みんなうれしいんだよ。オレたちのこともちゃんと考えてもらえるんだって」
昼はマルタンと一緒に法学校で雑用をした。
「私には働く経験が必要だと思うのですが、ひとりでは心細いので、マルと一緒に法学校で雇ってもらえませんか。法学校なら、法律に携わる者として、いい経験になりますし」
エドアルがリュウカにそう頼んだのだ。
学生たちには身分を伏せた。一度、学生に乱暴されかかり、護衛の者たちが取り押さえたことがあった。以来、身分を隠した偉いさんの子息と噂がたち、誰も手を出さなくなった。
講義は受けなかったが、生徒の雑談や態度はうかがえた。雑用を済ませたエドアルを労う者もあれば、嘲る者もあり、もっとも多いのは、見えていないかのように無視する者だった。
田舎の学校であるから、貴族の子などではなく地元で有力な役人の子が、しばしばエドアルを嘲った。
「護衛が怖くて手が出せないんだ」
マルが陰で嘲い返した。
廊下を通りすがりに、女生徒が声をかけた。
「さよなら。今日もご苦労さま」
法学校では女生徒は珍しいが、王都帰りの教師の娘で、かなりの秀才だと評判だった。
「あの子、いつも挨拶するけど、オレに気があるのかな」
マルタンが言った。
「いや、私にだろう」
エドアルも言った。
二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、どっちがデートに誘えるか、賭けよう」