【第193回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その27

2009.12.23

 

「やつれた顔だ」

 リュウカは言った。

「リズもリリーも心配していた。一人でどうにかできるなら、それにこしたことはない。私ができることもあまりないだろう。だが、話の聞き手ぐらいにはなれるのではないかな」

「姉上はズルい!」

 思わず、責める言葉が口を突いてでた。

「なぜ、ならず者たちに大きな顔をさせておくんです! 強盗じゃありませんか!」

 怒りがこみあげ、爆発した。

 ポリーのような小さな女の子が働いて襲われて、マルのような賢い者が学校にも行けず、役人は汚く、領主も国も腐っている。いったい、どこに穏やかな幸せなどあるのか。

 延々とくり返しくり返しグチった。

 エドアルが五、六度くり返したところで、リュウカは手をあげて制した。

「さしあたって、ポリーに事情を説明するべきではないのか」

 エドアルはムッとした。

「姉上は、私が悪いとおっしゃりたいのですか? 本当に人さらいに遭ったのかも知れないではありませんか」

「それは希望か? それとも事実か?」

 リュウカの黒い眼は、エドアルをひたと見つめ、揺らがなかった。

「あったことを、なかったことにはできないよ。起きてしまったことは、取り返しがつかない」

「では、私にどうしろと言うのです!」

「どうしろなどと言える立場ではないよ。私も過ちばかりだ。ただ、ポリーは、理由がわかれば少しは安心するのではないかと思う」

「私に自首しろと言うのですか? 私のせいで襲われたのだとでも? そんなことを言って嫌われたら、どうしてくれるのですか!」

「ポリーの不安と、そなたの不安と、どちらが大切か考えて選ぶがいいよ」

 姉上は、自分だけ責任逃れするつもりだ、とエドアルは思った。

「ズルい! 私に責任を押しつけて逃げるつもりですか! 逃げているのは私か? そなたか?」

「父上だったら、代わりになんとかしてくれます! どうして私が!」

「少し頭を冷やしなさい。冷静になったら、また話を聞こう」

 リュウカは書斎を去った。

 姉上の役立たず!

 話をしただけ損だった。

 怒りがこみあげ、椅子を投げた。

 椅子は絨毯からはみだし、剥きだしの床に落ちて勢いよく転がった。

 夜の静けさの中で、音が大きく響いた。

 胸が少しスッとした。

 心地いい。

 書棚からなるべくぶ厚い本を選び、床めがけて投げた。

 本は大きな音をたてて転がり、広がった。

 次々に投げた。

 ページがめちゃくちゃになっているのがわかった。

 私が悪いんじゃない。姉上が悪いんだ、役人が悪いんだ。

 背後で扉が開く音がした。

 姉上がもどってきた!

 手足の先が汗ばんだ。

 そうっとふり向くと衛兵だった。

「何かございましたか。物音がしたようですが」

「何もない」

 エドアルは逃げるように扉をすり抜けた。

 

 

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