「やつれた顔だ」
リュウカは言った。
「リズもリリーも心配していた。一人でどうにかできるなら、それにこしたことはない。私ができることもあまりないだろう。だが、話の聞き手ぐらいにはなれるのではないかな」
「姉上はズルい!」
思わず、責める言葉が口を突いてでた。
「なぜ、ならず者たちに大きな顔をさせておくんです! 強盗じゃありませんか!」
怒りがこみあげ、爆発した。
ポリーのような小さな女の子が働いて襲われて、マルのような賢い者が学校にも行けず、役人は汚く、領主も国も腐っている。いったい、どこに穏やかな幸せなどあるのか。
延々とくり返しくり返しグチった。
エドアルが五、六度くり返したところで、リュウカは手をあげて制した。
「さしあたって、ポリーに事情を説明するべきではないのか」
エドアルはムッとした。
「姉上は、私が悪いとおっしゃりたいのですか? 本当に人さらいに遭ったのかも知れないではありませんか」
「それは希望か? それとも事実か?」
リュウカの黒い眼は、エドアルをひたと見つめ、揺らがなかった。
「あったことを、なかったことにはできないよ。起きてしまったことは、取り返しがつかない」
「では、私にどうしろと言うのです!」
「どうしろなどと言える立場ではないよ。私も過ちばかりだ。ただ、ポリーは、理由がわかれば少しは安心するのではないかと思う」
「私に自首しろと言うのですか? 私のせいで襲われたのだとでも? そんなことを言って嫌われたら、どうしてくれるのですか!」
「ポリーの不安と、そなたの不安と、どちらが大切か考えて選ぶがいいよ」
姉上は、自分だけ責任逃れするつもりだ、とエドアルは思った。
「ズルい! 私に責任を押しつけて逃げるつもりですか! 逃げているのは私か? そなたか?」
「父上だったら、代わりになんとかしてくれます! どうして私が!」
「少し頭を冷やしなさい。冷静になったら、また話を聞こう」
リュウカは書斎を去った。
姉上の役立たず!
話をしただけ損だった。
怒りがこみあげ、椅子を投げた。
椅子は絨毯からはみだし、剥きだしの床に落ちて勢いよく転がった。
夜の静けさの中で、音が大きく響いた。
胸が少しスッとした。
心地いい。
書棚からなるべくぶ厚い本を選び、床めがけて投げた。
本は大きな音をたてて転がり、広がった。
次々に投げた。
ページがめちゃくちゃになっているのがわかった。
私が悪いんじゃない。姉上が悪いんだ、役人が悪いんだ。
背後で扉が開く音がした。
姉上がもどってきた!
手足の先が汗ばんだ。
そうっとふり向くと衛兵だった。
「何かございましたか。物音がしたようですが」
「何もない」
エドアルは逃げるように扉をすり抜けた。