【第191回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その25

2009.12.9

 

「覚えてても仕方ないよ。訴えても、役人同士でもみ消すに決まってる」

 マルタンは憤りながらもあきらめていた。

「ポリーには配達はさせられないな。これからは母さんの手伝いをさせよう」

 ファビアンも物わかりのいいことを言ったが、目は怒りでうるみ、顔はまだまだ真っ赤だった。

「おまえもご苦労だった。ポリーがさらわれなかったのは、おまえのおかげだ」

 ファビアンはマルタンの顔を荒っぽく撫でた。

「オレが役人だったら、あんな連中に好きにさせないのに」

 マルタンが悔しそうに言った。

「そんなわけにはいかないさ。どうせ下っ端は上役の顔色をうかがうだけで、何もやらせちゃもらえないんだ」

「だから! オレが偉くなったら!」

「かわりに領主さまやほかのお偉い方の顔色をうかがうだけだろ。何も変わりゃしないよ」

「じゃあ、オレたち、何のために生きてんだよ!」

 ファビアンはマルタンの背をやさしく叩いた。

「まったくだ。オレもそう思うよ。さあ、メシにしよう。考えるのは、腹いっぱいになってからにしようぜ」

 マルタンはぎこちなく笑ってみせた。

「腹いっぱいになんか、なったことないくせに」

 ファビアンも笑った。

 エドアルはとても食べる気になれなかった。イッポリートは一向にもどりそうになかったし、悲痛な空気には耐えかねた。

 早々に帰ることにした。

「今日渡したものを、ポリーにあげてくれ。少しは慰めになればいいけど」

 見送りに出たマルタンに、エドアルは言った。

 美しい宝石は、女性の心を慰めるはずだ。

 マルタンは頭を掻いた。

「ごめん、あのきれいな石ころ、ポリーが喜んで上着につけて飾ってたんだ。だから、上着と一緒にとられてしまって、もうないんだよ」

 エドアルは、悟った。

 いや、ちがう、まさか。

 否定と肯定の間を際限なく往来し、帰宅したものの夕食は喉を通らなかった。

 湯浴みをすませ、床についても寝つかれず、夜は長く重苦しいものに思えた。手は汗ばみ、足元が消えて落ちるような感覚にさえ襲われた。

 ガウンを羽織り、起きだし、書斎へ足を運ぶ。

 

 

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