「覚えてても仕方ないよ。訴えても、役人同士でもみ消すに決まってる」
マルタンは憤りながらもあきらめていた。
「ポリーには配達はさせられないな。これからは母さんの手伝いをさせよう」
ファビアンも物わかりのいいことを言ったが、目は怒りでうるみ、顔はまだまだ真っ赤だった。
「おまえもご苦労だった。ポリーがさらわれなかったのは、おまえのおかげだ」
ファビアンはマルタンの顔を荒っぽく撫でた。
「オレが役人だったら、あんな連中に好きにさせないのに」
マルタンが悔しそうに言った。
「そんなわけにはいかないさ。どうせ下っ端は上役の顔色をうかがうだけで、何もやらせちゃもらえないんだ」
「だから! オレが偉くなったら!」
「かわりに領主さまやほかのお偉い方の顔色をうかがうだけだろ。何も変わりゃしないよ」
「じゃあ、オレたち、何のために生きてんだよ!」
ファビアンはマルタンの背をやさしく叩いた。
「まったくだ。オレもそう思うよ。さあ、メシにしよう。考えるのは、腹いっぱいになってからにしようぜ」
マルタンはぎこちなく笑ってみせた。
「腹いっぱいになんか、なったことないくせに」
ファビアンも笑った。
エドアルはとても食べる気になれなかった。イッポリートは一向にもどりそうになかったし、悲痛な空気には耐えかねた。
早々に帰ることにした。
「今日渡したものを、ポリーにあげてくれ。少しは慰めになればいいけど」
見送りに出たマルタンに、エドアルは言った。
美しい宝石は、女性の心を慰めるはずだ。
マルタンは頭を掻いた。
「ごめん、あのきれいな石ころ、ポリーが喜んで上着につけて飾ってたんだ。だから、上着と一緒にとられてしまって、もうないんだよ」
エドアルは、悟った。
いや、ちがう、まさか。
否定と肯定の間を際限なく往来し、帰宅したものの夕食は喉を通らなかった。
湯浴みをすませ、床についても寝つかれず、夜は長く重苦しいものに思えた。手は汗ばみ、足元が消えて落ちるような感覚にさえ襲われた。
ガウンを羽織り、起きだし、書斎へ足を運ぶ。