「早くしろ!」
「殿下、これは髪をまとめるネットに、飾りとしてくっついているのです。簡単にはとれません」
「それなら、ネットも髪も切ってしまえ。言わなければわからないのか? なんなら、首ごと切り落としてもかまわないんだぞ」
なんだろう、この心地よさは。
ネットが切り刻まれた状態で、手元に渡された。髪が醜く乱れた侍女は、頭を垂れたまま息を潜めて動かない。
なんだ、簡単じゃないか。
宰相に気兼ねなどいらない。欲しいものは自力でとればよいのだ。
役人の学校に出かけると、みなぶ厚い本としかめつらの教師に囲まれて勉強していた。
うむ。みな、私のために日夜励むのだぞ。
役場へ行けば、誰もがエドアルの機嫌を気にしているのがわかった。
パーヴの王宮にもどったかのようだった。
こうでなくては。
夕方、医学校の校門へ行くと、マルタンは遅れてやってきた。
「ごめん、まだ配達が残ってんだ。先に家に行っててくれよ」
「配達なんかやめとけ。私と一緒にいたほうが……」
昼間の調子で言うと、マルタンは不審そうな顔をした。
「そりゃ楽しいけどさ、仕事には責任持たなきゃ」
臣下の責任は高貴な者に尽くすことこそ……。
その言葉をエドアルは飲みこんだ。
デュール・ヒルブルークや昼間の役人たちのような媚びた笑顔を、マルタンが浮かべると思うといたたまれなかった。
「ポリーを待たせてるんだ、行かなくちゃ」
「これ、やるよ」
エドアルは宝石を差しだした。
「なんだ、これ」
「ほんの気持ちだよ」
青い石のブローチと小さな赤い宝石を、マルタンはつまんで眺めた。
「ポリーが喜ぶかもなあ。じゃあ、また後でな」
マルタンは走って行ってしまった。
礼もなしか、とエドアルはがっかりした。