【第189回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その23

2009.11.25

 

「早くしろ!」

「殿下、これは髪をまとめるネットに、飾りとしてくっついているのです。簡単にはとれません」

「それなら、ネットも髪も切ってしまえ。言わなければわからないのか? なんなら、首ごと切り落としてもかまわないんだぞ」

 なんだろう、この心地よさは。

 ネットが切り刻まれた状態で、手元に渡された。髪が醜く乱れた侍女は、頭を垂れたまま息を潜めて動かない。

 なんだ、簡単じゃないか。

 宰相に気兼ねなどいらない。欲しいものは自力でとればよいのだ。

 役人の学校に出かけると、みなぶ厚い本としかめつらの教師に囲まれて勉強していた。

 うむ。みな、私のために日夜励むのだぞ。

 役場へ行けば、誰もがエドアルの機嫌を気にしているのがわかった。

 パーヴの王宮にもどったかのようだった。

 こうでなくては。

 夕方、医学校の校門へ行くと、マルタンは遅れてやってきた。

「ごめん、まだ配達が残ってんだ。先に家に行っててくれよ」

「配達なんかやめとけ。私と一緒にいたほうが……」

 昼間の調子で言うと、マルタンは不審そうな顔をした。

「そりゃ楽しいけどさ、仕事には責任持たなきゃ」

 臣下の責任は高貴な者に尽くすことこそ……。

 その言葉をエドアルは飲みこんだ。

 デュール・ヒルブルークや昼間の役人たちのような媚びた笑顔を、マルタンが浮かべると思うといたたまれなかった。

「ポリーを待たせてるんだ、行かなくちゃ」

「これ、やるよ」

 エドアルは宝石を差しだした。

「なんだ、これ」

「ほんの気持ちだよ」

 青い石のブローチと小さな赤い宝石を、マルタンはつまんで眺めた。

「ポリーが喜ぶかもなあ。じゃあ、また後でな」

 マルタンは走って行ってしまった。

 礼もなしか、とエドアルはがっかりした。

 

 

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