【第186回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その20

2009.11.4

 

 食後に書斎を訪ねると、リュウカが灯りの下でぶ厚い本を読んでいた。リズが向かいでウルサの言葉をぶつぶつ唱えている。

 エドアルが中に入ると、リュウカは顔をあげたが、リズは反応しなかった。

「姉上、ご相談があるのですが」

「私にできることだとよいが」

 近づいて机上を見る。本は医学書だった。腕が描かれ、細かい注釈がたくさんついていた。

「明日も、今日と同じところに行きたいのですが」

「そなたには医学は向いてなかろう。昼間はほかの場所を見てはどうか」

 とんでもない! それでは、医学校の前でマルタンと待ち合わせができないじゃないか!

「姉上、私は……」

「夕方、また同じところへ行けばよかろう」

 黒い穏やかな眼を見て、エドアルは悟った。

 姉上は、今日のことは承知しているんだ。考えてみれば、護衛から報告を受けていないはずがない。

 なら、話が早い。

「宝石をください。礼をしなくては」

 リュウカは首を振った。

「礼ならほかの形でしなさい」

 エドアルはカッとなった。

「ごく当たり前のことではありませんか」

 臣下に宝石なり帽子なり服なり下賜する。最高の親愛だ。

 ただ、ヒプノイズを着のみ着のままで出てきたので、まだ手元に何もなかった。じきにロックルールから身の回りのものが送られてくるだろうが、それまで待てない。

 リュウカなら、宝石のひとつやふたつは持っているだろう。持っていなくても、命令ひとつで誰かに持ってこさせられる。

「エドアル、よく聞きなさい」

 静かな声。小さいが、よく通る。穏やかな黒い眼。やわらかいが、しっかりとエドアルを見据えている。

 まるで、ビロードにくるまれているかのような錯覚に陥った。

「宝石をあげても、相手が換金できるとは限らないのだよ。扱いに困るものをあげても仕方ないだろう。それにね、人に物をあげるときは、よくよく気をつけなくては。誇りを傷つけることがあるからね」

 見当ちがいの説教だ、とエドアルは思った。

 自分はただ、親愛の情を示し、喜ばせたいだけなのに!

「わかりました。姉上のご忠告、しかと胸に刻みました」

 エドアルはひきさがった。

 

 

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