食後に書斎を訪ねると、リュウカが灯りの下でぶ厚い本を読んでいた。リズが向かいでウルサの言葉をぶつぶつ唱えている。
エドアルが中に入ると、リュウカは顔をあげたが、リズは反応しなかった。
「姉上、ご相談があるのですが」
「私にできることだとよいが」
近づいて机上を見る。本は医学書だった。腕が描かれ、細かい注釈がたくさんついていた。
「明日も、今日と同じところに行きたいのですが」
「そなたには医学は向いてなかろう。昼間はほかの場所を見てはどうか」
とんでもない! それでは、医学校の前でマルタンと待ち合わせができないじゃないか!
「姉上、私は……」
「夕方、また同じところへ行けばよかろう」
黒い穏やかな眼を見て、エドアルは悟った。
姉上は、今日のことは承知しているんだ。考えてみれば、護衛から報告を受けていないはずがない。
なら、話が早い。
「宝石をください。礼をしなくては」
リュウカは首を振った。
「礼ならほかの形でしなさい」
エドアルはカッとなった。
「ごく当たり前のことではありませんか」
臣下に宝石なり帽子なり服なり下賜する。最高の親愛だ。
ただ、ヒプノイズを着のみ着のままで出てきたので、まだ手元に何もなかった。じきにロックルールから身の回りのものが送られてくるだろうが、それまで待てない。
リュウカなら、宝石のひとつやふたつは持っているだろう。持っていなくても、命令ひとつで誰かに持ってこさせられる。
「エドアル、よく聞きなさい」
静かな声。小さいが、よく通る。穏やかな黒い眼。やわらかいが、しっかりとエドアルを見据えている。
まるで、ビロードにくるまれているかのような錯覚に陥った。
「宝石をあげても、相手が換金できるとは限らないのだよ。扱いに困るものをあげても仕方ないだろう。それにね、人に物をあげるときは、よくよく気をつけなくては。誇りを傷つけることがあるからね」
見当ちがいの説教だ、とエドアルは思った。
自分はただ、親愛の情を示し、喜ばせたいだけなのに!
「わかりました。姉上のご忠告、しかと胸に刻みました」
エドアルはひきさがった。