【第185回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その19

2009.10.28

 

「なれるよ! 学校入って勉強すれば……」

「あんなの、いいとこの坊ちゃんしかなれないんだよ。生まれがものを言うんだ」

「そんなことないよ! ここじゃ難しいかも知れないけど、ロックルールに行けば、きっとなれる!」

「ポリーのほうがまだ……」

 ポリーが不機嫌そうに二人を見た。

「私、役人なんかになりたくない。お嫁さんならなってもいいけど」

「それだよ」

 と、ファビアンは言った。

「ポリーがいいとこのお坊ちゃんと結婚して、子どもが役人になるのさ。そいつにみんなで食わせてもらえばいい」

「オレは、自分がなりたいの! それに稼ぐためだけじゃないんだ。世の中を変えたいんだ。役人だったら変えられるだろ!」

 その剣幕にエドアルはたじろいだが、兄弟たちは馴れたふうだった。

 マルタンはエドアルのほうを向いて熱心に言った。

「役人なら、法律を駆使して、弱者を助けられるだろ? 無知は強者の餌食にされるだけだ。知恵こそが人間にとって最大の武器なんだ」

 まるで学者のようなことを言う。

 天才なんじゃないか、とエドアルは感心した。自分とあまり年が変わらないのに。

 マルタンはなおも熱く語った。

「人は自分の幸福を追求するだけじゃダメなんだ。人間全体の幸福を考えて、一人一人責任を果たさないと、全体の幸福も、個々人の幸福も、みんなやせ細ってしまう。幸福はもろくはかないもので、守っていくためには教育と啓蒙が不可欠なんだ。では、教育と啓蒙を施す者は誰だ? 役人だ」

 エドアルは夢心地で聞いていた。

 家柄さえよければ、マルタンを学友にしてやってもいいのに。

 外に待たせた護衛たちに連れられて帰ると、夕食はとうに終わっていた。

「ちい姫さまとリズさまはお勉強中ですよ」

 リリーは簡単に夕食の支度をし、よけいなことは訊ねなかった。

 エドアルは腹ぺこだった。マルタンの家の夕食は、おやつにもならない。

 マルタンはいいヤツだが、あの家はケチだな、とエドアルは思った。食事ぐらいまともに出せばいいのに。

 

 

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