ふり返ったのは少年だった。エドアルより少し幼く見える。ずいぶん痩せていた。
少年はエドアルをじろじろ見た。
「水場なら、ここをまっすぐ行って、つきあたりを右だよ。あんた、新入生かい? ここでは、みんな、自分のことは自分でするんだよ。入るとき、言われなかったのかい」
まっすぐな目にエドアルはひるみ、恥ずかしさを覚えた。
「お、おまえは、ここの生徒か?」
少年は笑った。
「あんた、顔色悪いね。もしかして、吐いた? ときどき、あんたみたいなの、いるんだよ。実習で気持ち悪くなるの」
少年は水場まで連れていってくれた。
「医者になるには、向き不向きがあるからね。あんた、いいとこのお坊ちゃんみたいだし、ムリなら早いとこ見切りつけて、別の学問したほうがいいよ。ムリしてダメになったヤツ、たくさん見たよ」
エドアルはレースの縁取りと刺繍のある白いハンカチで口元をぬぐった。
「おまえは医者になるのか」
「今は哲学にはまってる。医者はムリかなあ。体の中はあんまり興味ないんだ」
「では、なぜここにいる」
どうせ親に言われて来たんだろう。偉そうなこと言ったって、将来は親が決めるに決まってる。
「本を届けに来たんだ。オレ、本屋で働いてんだ。本屋はいいぞ、いろんな本が読めて。何を勉強したらいいのか決めて、金が貯まったら奨学金もらって学校行くんだ。幼年学校んとき、成績よかったんだぜ」
ただの本屋か。
エドアルは拍子抜けした。
「奨学金なら今すぐもらって学校に行けばいいではないか」
少年は首をふった。
「うちにはまだ弟と妹がいるんだ。オレが稼がなきゃ」
「親は働いてないのか」
「父ちゃんはロックルールに出稼ぎに行ってる。母ちゃんと祖母ちゃんと兄ちゃんは本屋で本を作ってるんだ」
少年は自慢げに胸を張った。
「それなら、何もおまえが働かなくたって充分だろう」
少年は愉快そうに笑った。
「金持ちのお坊ちゃんたちは、みんなそう言う。世の中ってものを知らないよな。そんなんじゃ、医者になってから苦労するぞ。常識ぐらい、今のうちに身につけておけよ」
じゃあな、と手を振って離れようとするその肩をつかんでみると、エドアルと少年は同じぐらいの背丈だった。
「なんだよ。まだ仕事があるんだ、お坊ちゃんと遊んでる暇なんかないよ」
少年は、しかし、手をふり払わなかった。
エドアルの顔を眺め、神妙にうなずいた。
「わかった、仕事が終わったら、門のとこで待っててやるよ。一緒にメシでも食おう」