【第177回】

 

~ リュウイン篇 ~
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その11

2009.9.2

 

 しばらくして、デュール・ヒルブルークがリュウカに訊ねた。

「殿下の午後のご予定はいかがでしょうか」

「できることがあれば、なんでもする。皿洗いでも床磨きでも。居候の食い扶持ぐらいは稼ぎたい」

「とんでもございません!」

 デュール・ヒルブルークは椅子の上で飛びあがった。

「殿下は大事なお客さまです。どうか、別荘か何かとお思いになって、おくつろぎください」

「くつろごうにも、こんな田舎じゃ」

 エドアルがため息をついた。

「姉上の退屈も紛れまい。狐か鴨でも撃ちに参りましょうか」

 デュール・ヒルブルークは首をふった。

「この辺りに狩り場はございません」

 エドアルが見下すように笑った。

「狩りは貴族のたしなみだろう。そういえば、ヒプノイズでも、おまえは狩りについてこなかったな。まさか、狩りのやり方も知らないんじゃないだろうな」

 デュール・ヒルブルークは緊張したように息を呑んだ。

「それなら都合がよい」

 リュウカがさらりと言った。

「これ以上、狩られてはたまらない」

 冗談ともつかない言葉に笑うのをためらったのは、エドアルばかりではなかった。リズもリリーもリュウカの顔をうかがっている。

 リュウカの表情は変わらなかった。

 笑いをとるつもりでなかったとすれば辛辣すぎる。

 今のエドアルたちは、セージュに狩られる小鳥のようなものだし、リュウカは宰相ランベルからも狩られ通しの人生だ。

「昼前は王子殿下に幼年学校をご案内いたしました。よろしければ、この後、殿下もいかがでしょうか」

 デュール・ヒルブルークはにこやかにリュウカを誘った。

 たったひとり、事情を知らない。

 その無邪気さは場ちがいだったが、そのことにすら気づかない純粋さは、エドアルには苛立ちを、リズには軽蔑を、リリーには関わり合いにならないようにとの願いをもたらした。

 弟なのに、とリュウカは思った。なのに、なぜ、これほど遠くに感じるのか。

 事情を知らないという以上に、何かがかけ離れている。

 リュウカには、きょうだいというものは本当にはわからない。

 エドアルもセージュに、リズもアイリーンに対して、こんな気持ちを味わっているのだろうかと、リュウカは思った。

 

 

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