【第176回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その10

2009.8.26

 

 デュール・ヒルブルークは、エドアルを案内していた。

「ずいぶん多いな」

 机に向かう子どもたちの数を見て、エドアルは驚いていた。

 自分たちは、十数人ほどで学んだ。だが、ここでは子どもたちを七つのレベルに分け、それぞれのレベルごとに四つから五つの教室が用意されていた。一つの教室には三十人ほどが入っている。

「こんな田舎に、よくも良家の子弟を集められたものだ」

「殿下、これらは貴族ではありません。街に住む人々の子どもです」

 その言葉を飲みこむまで、エドアルには少し時間が必要だった。

「なんだって?」

「私が小さいときに、祖父がこの幼年学校を開いたのです。将来、私が大きくなったとき、祖父の代わりに私の周りを固め、補佐する者が要るだろう、と。そのためには広く人材を求め、育てなければ、と」

 デュール・ヒルブルークの顔は誇らしげに輝いていた。

 エドアルは意地悪な気分になった。

「その補佐する者はどこにいるんだ? 見あたらないなあ」

「祖父の死が早すぎたのです。祖父のめがねにかなう者が現れる前に、病で。しかし、このやり方は正しいと思います。これまでと同じ勉学に励めば、きっとすばらしい者たちにめぐり逢えます」

「でも、結果が出ないんじゃなあ」

 昼は城にもどり、食事をとった。

 リュウカが外からもどっていた。

「ヒプノイズ卿は帰ってくれたよ」

 やっぱり。話し合えばわかってくれる人なのだ、とエドアルは思った。

「なにか言ってました?」

 きっと何か事情があったに違いないし、自分のことも気にしていたかも知れない。

 だが、リュウカは首をふった。

「宰相がよいようにはからってくれるだろう」

 エドアルの胸に、たちまち不満がこみあげてきた。

「姉上は王女ですよ! 宰相なんか、たかが貴族の一人じゃありませんか! どうして、あいつが決めたことに従わなくちゃいけないんです!」

「今のところ、目的は同じだ。支障はないよ」

「目的ってなんです」

「戦争を避けたいってことでしょ」

 パンをちぎりながら、リズが答えた。

「それから、アルとあたしを結婚させて、パーヴの王家の血を入れることでしょ。それでいつかセージュが弱くなったら、アルか、あたしたちの子の王位を主張するのかもね」

 エドアルは目を吊りあげた。

「そんなことはさせん! 私は、あの宰相からこの国を救うために来たのだぞ!」

「逆じゃない。救ってもらってるんでしょ」

「じゃあ、あなたはなんです! あなただって同じでしょう!」

「そうよ」

 リズはあっさり答えた。

「生まれたときから、私なんておじいさまの駒よ。救うなんて、できもしないこと、わめかないでちょうだい」

「できないことじゃない! みなで知恵を集めて努力すれば……」

「カルヴおじさまは、もういらっしゃらないのに? モーブおじさまも、前の王妃さまもいらっしゃらなくて、パーヴはアルの命を狙ってるセージュのものなのに?」

「ウルサと草原の国が協力すれば……」

「どうやって説得するの?」

「事情をうまく説明すれば……。とにかく、そういうことをふくめて、みんなで一生懸命考えるんです!」

 リズは黙った。

 静まり返った。

 誰も何も言わず、食器の音だけが響いた。

 イヤな空気だった。

 

 

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