【第175回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その9

2009.8.19

 

「宰相がよいようにとりはからってくれる。私の出る幕はないよ」

「少しは絶望したり泣きわめいたりしないのか?」

「なぜ?」

「愛人は殺され、一生オレのものになるんだぞ? 少しは騒いでも……」

「ヒルブルーク卿は愛人ではないし、殺されもしないし、そなたには退去命令が下る。宰相どのと私の目的は同じだ、事を荒立てたりはしないよ。とは言え、そなたが私の言を信じる道理もないだろう。このままここで下命を待つがよい」

「そんな……」

 ヒプノイズはうなだれたが、キッと顔をあげた。

「王女をとらえて、人質にしろ!」

 手を上げ、兵に命じた。

 リュウカに従ってきた兵たちの目に光が宿った。戦いを歓迎している。

 血の気が多い。困ったものだとリュウカは周囲を見回した。

 ヒプノイズの兵たちはとまどったように動かない。

 ともに稽古や野良仕事で汗をかいた仲である。兵たちにとって、ヒプノイズよりもずっと親しい存在だった。

 争いを避けたがっているのは一目瞭然である。

 リュウカはヒプノイズに歩み寄り、なんなく羽交い締めにした。

「抵抗するな。主人にケガをさせたくなければ」

 リュウカの言葉に、ヒプノイズの兵たちは、むしろホッと胸をなで下ろしていた。すなおに両手をあげる。

 ヒプノイズはわめいた。

「助けろ! 今すぐ私を救いだせ!」

 まだ、煽るつもりか。血を流さなければ気が済まないのか。たかが……たかが爵位だかなんだかのために、傷つけ合わねばならないのか!

 リュウカはそっと息を吐き、低音で言った。

「黙れ」

 殺気を感じてか、ヒプノイズは静かになった。

 リュウカは羽交い締めを解き、尻を蹴った。

 ヒプノイズは二、三歩よろめき、膝をついた。

「失せろ。興ざめだ」

 ヒプノイズは近くにいた兵にすがりつき、支えられるようにして退散した。

 

 

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