「宰相がよいようにとりはからってくれる。私の出る幕はないよ」
「少しは絶望したり泣きわめいたりしないのか?」
「なぜ?」
「愛人は殺され、一生オレのものになるんだぞ? 少しは騒いでも……」
「ヒルブルーク卿は愛人ではないし、殺されもしないし、そなたには退去命令が下る。宰相どのと私の目的は同じだ、事を荒立てたりはしないよ。とは言え、そなたが私の言を信じる道理もないだろう。このままここで下命を待つがよい」
「そんな……」
ヒプノイズはうなだれたが、キッと顔をあげた。
「王女をとらえて、人質にしろ!」
手を上げ、兵に命じた。
リュウカに従ってきた兵たちの目に光が宿った。戦いを歓迎している。
血の気が多い。困ったものだとリュウカは周囲を見回した。
ヒプノイズの兵たちはとまどったように動かない。
ともに稽古や野良仕事で汗をかいた仲である。兵たちにとって、ヒプノイズよりもずっと親しい存在だった。
争いを避けたがっているのは一目瞭然である。
リュウカはヒプノイズに歩み寄り、なんなく羽交い締めにした。
「抵抗するな。主人にケガをさせたくなければ」
リュウカの言葉に、ヒプノイズの兵たちは、むしろホッと胸をなで下ろしていた。すなおに両手をあげる。
ヒプノイズはわめいた。
「助けろ! 今すぐ私を救いだせ!」
まだ、煽るつもりか。血を流さなければ気が済まないのか。たかが……たかが爵位だかなんだかのために、傷つけ合わねばならないのか!
リュウカはそっと息を吐き、低音で言った。
「黙れ」
殺気を感じてか、ヒプノイズは静かになった。
リュウカは羽交い締めを解き、尻を蹴った。
ヒプノイズは二、三歩よろめき、膝をついた。
「失せろ。興ざめだ」
ヒプノイズは近くにいた兵にすがりつき、支えられるようにして退散した。