【第174回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その8

2009.8.12

 

 うんざりだ、とリュウカは思った。

「退がりなさい」

 リュウカは両方の兵に命じた。

「争いに来たのではないよ」

 ヒプノイズに向き直る。

「単刀直入に言おう。そなたの責は問わない。宰相どのにも何も言うまい。だから、おとなしくお帰り」

 ヒプノイズは、顔をしかめた。

「うまいことを言われても、容易には信じかねますな」

「もし、糾弾したければ、とうにしている」

「だが、ハモンディ伯ではなく、ヒルブルークに逃げこんだ!」

 ヒプノイズの目は爛々と輝いていた。

 なぜ、ヒプノイズがデュール・ヒルブルークをこれほど目の敵にするのか、リュウカには理解できなかった。

『デュールだったらこんなとき、なんて言うかしらって、よく考えるの』

 リズは器用だ。自分には想像するどころか、相手が何を言いたいのかさえ理解できないらしい。

 リュウカは内心自嘲した。

「信用できないなら、永遠にここに留まるがよい。異変はじきに宰相どのの耳に入ろう。そうすれば、何かしら沙汰がある」

 ヒプノイズはにまぁっと笑い、ふんぞり返った。

「宰相閣下のお耳には、もう入れてある。殿下がいかにハメを外し、愛人に溺れたか。宰相殿下もさぞかし呆れられたでしょうな。愛人には厳罰が下り、殿下は私がお預かりするのです。他人に預けては、また問題をくり返すばかりですからな」

 ヒプノイズの言い分には矛盾がある。ヒプノイズの屋敷でそうであるなら責を問われ、今後は他に預けられる。

 リュウカに覚えのない誹謗中傷を、いかに吹きこもうとも。

「それなら心配ない」

 リュウカはうなずいた。

「帰ろう」

 身を翻した。

「待、待て! まだすることがあるだろう!」

 リュウカは首をかしげた。

「なにが?」

「命乞いとか、泣いて謝るとか!」

 ヒプノイズの慌てぶりは、リュウカにとって不可解だった。

 自信がみなぎっていたのではなかったか?

 

 

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