【第172回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その6

2009.7.29

 

 そのとき、高い声が響いた。

「まあ、なんてかわいそうに!」

 広間の入り口にリズが立っていた。

「誰か、その人を休ませてあげて! 熱で頭をやられちゃったのね」

 ヴァンストンの顔が真っ赤になった。

「なんですと!」

「ほら、急いで! これ以上、頭がやられちゃったらたいへん! ベッドに寝かせて、くれぐれも安静にさせるのよ。外に出しちゃダメよ、外の空気は病気に悪いわ。やさしく寝かせてあげてね。ね、お姉さま」

 リズが祈るように両手を合わせて、リュウカを見た。

 リュウカはうなずいた。

「かわいそうに、一晩中デュールが温めてくれたのに、覚えてないのね。でも、だいじょうぶよ。休めばきっとよくなるわ」

 リリーが遅れて現れた。

「リリー、たいへんよ。ヴァンストンが熱病にうなされて、おかしなことを口走ってるの! 頭がやられちゃったのかも知れないわ。急いでベッドに運んで」

 ヴァンストンと聞いて、リリーの目がつり上がった。

「まあ! さっそく隔離しますわ。弱った体に、よけいな病が入ったらいけませんからね!」

 ヴァンストンは兵に両腕をつかまれ、足を宙に浮かせたまま、広間から消えた。

 リズがリュウカの腕をつついた。

「あんなウソツキなんか、まともに相手をしちゃダメよ、お姉さま。あの人は、自分のためなら、アルもお姉さまも売り渡す悪党じゃないの。また引っかき回されるところだったわ」

 リュウカは内心苦笑した。

「そなたはまるで……」

 リズはにっこり笑った。

「デュールみたいだって言いたいんでしょ? こんなとき、デュールだったらなんて言うかしらって、よく考えるの。私も大人になるんだから、一人前にならなくちゃ」

「だからと言って、あの子を真似することはなかろうに」

「あら、デュールはいいお手本だと思うわ」

「デュール・グレイ子爵のお話ですか?」

 デュール・ヒルブルークがそっと訊ねた。

 リズは腰に手を当て、胸を張った。

「そうよ。同じデュールでも、あなたじゃないの。愛人(ねずみ)のデュールのほう」

「やめなさい」

 リュウカは止めた。

「どうして? お姉さまだって、愛人(ねずみ)はデュールだってお認めになったんでしょう?」

「やめなさい」

 リズのような深窓の姫には愛人の話は不似合いだし、城主の権威を失墜させるような態度をとるものではない。

 

 

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