夜明け前、侍女が呼びに来た。
リュウカはリリーとリズを起こし、万一に備えて着替えて待機するよう告げ、デュール・ヒルブルークの元へ駆けつけた。
丈の足りないドレスの上に男物のマントを羽織り、広間に赴く。兵がずらりと並ぶ、その奥まったところにデュール・ヒルブルークがすわり、少し離れたところに宰相からの使者が立っていた。
その顔を見て、リュウカは意外に思った。
ヴァンストンだった。
「ご機嫌うるわしゅう、王女殿下」
ヴァンストンは恭しく礼をした。
宰相の元へ帰ったと思っていたのに、とリュウカは思った。
さすがのヒプノイズも、宰相の使者に危害は加えられないだろうと推測し、置いてきたのだ。むしろ、リュウカたちの逃亡を隠すために、さっさと王都へ帰したものと思っていたが。
「殿下には、宰相閣下のご命令に従っていただかねば困ります。予定通り、ハモンディ伯領へおいでください」
「なぜ、ここがわかった」
リュウカは訊ねた。
「ヒプノイズ卿が案内してくれました」
意外だった。
「私がハモンディ伯領に向かったものと思わなかったのか?」
「二手に分かれました。私はこちらに来て正解でした。あんな田舎に行くのは真っ平ですからね。もっとも、こちらだって田舎ですが」
「宰相どのは、行く先を内密にするよう言っていなかったか? ヒプノイズ卿に知れてはならないと」
セージュがヒプノイズから先の行方を探せないように。万一、スパイを送りこまれて、芋づる式に行く先を知られてはかなわない。
「ヒプノイズ卿は内密にすると約束してくださいました。このまま殿下さえハモンディ伯領へお移りくだされば、私の身は安泰でございます」
そんなものがアテになるはずがない。
「そなたの安泰など、どうでもよい。王都へ戻り、宰相どのに報告しないなら、改めてこちらから使いを立てるまでだ。さっさと街を出て、どこへなりと行くがよい」
ヴァンストンは仰天のあまり腰を抜かしてすわりこんだ。
「私の安泰を……どうでもよいですと? ほかならぬ私の安泰ですぞ? あなたさまは、あの一夜をお忘れですか? 添い寝をし、一晩中私を慰めてくださった……」
なんの話だ?
リュウカは記憶を掘り返した。
それは、ウィックロウの離宮でヴァンストンが毒を飲んだときの話だったが、思い当たるまでの間に、デュール・ヒルブルークの顔が怒りを露わに真っ赤に染まった。
面倒なことになった。
事情を説明すればこの件は収まるだろうが、しかし、毒の話をすれば、それはそれでデュール・ヒルブルークの怒りは収まりそうにない。
「そなたは錯乱して覚えておらぬようだな。あのとき、グレイ子爵がつきっきりで介抱したではないか。感謝はグレイ子爵にするのだな」
「私が申しておりますのは、殿下がこの私の身を抱き……」
そのとき、高い声が響いた。