【第170回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
25章 英雄 ……その4

2009.7.15

 

 リュウカの着替えも小さかった。袖も裾も七分しかなかった。寝間着は着なかった。追っ手が着けば、着替える暇はないだろう。

 寝室に所狭しと並べられたベッドの一つにリズを寝かせた。

 窓から青い月の光が差していた。

 リュウカはしばらく窓の外を眺めていた。

 静寂の中、安らかな寝息だけが聞こえていた。

「ちい姫さま」

 リリーが寝室のドアを開けた。

「戻っていらっしゃらないので、もうお休みかと思いましたわ」

「そなたも、もうお休み。疲れたろう」

 ヒルブルークの街に入ってから、リリーはほとんど喋っていない。

 それをリュウカは疲労のせいだと推測していた。

 この街で、目立つのを恐れているのだとは想像もしなかった。

 あの十六年前の夜を、誰かに思い起こされることを恐れているのだとは。

「ありがとうございます。ちい姫さまこそ、お疲れでしょう。お休みください」

 リュウカはうなずき、戸口に近いベッドに腰かけた。

「リズ姫は賢いな。リリーの育て方がよかったのだな」

「とんでもありませんわ。まだまだです。もっと厳しく躾けないと」

 リュウカは微笑んだ。

「デュールのことも、ありがとう」

 リリーは息をとめた。

 どちらのデュール?

 リュウカはベッドに滑りこんだ。

 リリーも隣のベッドに入った。マットレスは固く、布団は重かった。

 貧しい城だ。街の華やかさと裏腹に。

 慎ましく育ててくれたのだろうか、あの当主は?

 厳しげな老人の顔を思いだす。

 若さまを、ご立派に育ててくださって、ありがとう。

 

 

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