〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(前編)
16章 幻の民 ……その2

 

 部屋に現れた男はひどく年老いていた。

 母を育てた人である。数えてみれば気づくはずであった。

「そのまま、そのまま」

 杖をつきながら、片手をあげた。曲がった腰、白い頭髪、シワとシミだらけの顔。なにより、しょぼくれた目と両端のだらしなく下がった口が、心の齢《よわい》をも映していた。

 上げかけた腰を、元にもどす。

「パーヴ国王カルヴ陛下です」

 リュウカは族長に紹介した。

「あの老いぼれがか? 隠居すべき年だろう」

 草原ならば、統べる力なくして長は務まらない。体力も精気も衰えれば、一線を退くものだ。

「このたびは、王太子殿下のご成婚、おめでとうございます」

 リュウカはソファに腰をおろしたまま言った。

 室内の調度類はカーテンとソファだけ、王族の応接間にしては狭く質素である。灯された明かりは暗く、濃い影の落ちた王の顔はいっそう老いさらばえて見えた。

「明朝でようやく長かった儀式も終わる。もっとも夢中なのは母上でな、儀式の間中、大騒ぎだった」

 パーヴ王カルヴの母とは、先王ナージャの王妃であった現王太后である。

「では、王太后陛下もご息災で」

「予よりも元気なくらいだ」

 九十を越えているだろうに。まるでレアードだ。他人の精気を吸う不死の女。

「王后陛下もご息災で?」

「いや、あれは」

 向かいのソファに体を埋め、カルヴは両手で顔を覆った。

「母上は尼僧院に」

 付き添ってきたエドアルが代わりに答えた。

「昨年、おばあさまへの謀反のカドで」

 王妃は王太后の遠縁で、料理好きのおとなしい女性だったはずだ。大それたことをする人には思われない。

「濡れ衣か?」

「一昨年、ガーダ公が行方知れずになったことを、姉上はご存じですか?」

 モーヴ伯父上が?

 胸中が波打った。

「捜索は?」

「三月《みつき》。見つからず、葬儀を。そして、公の兵はみな解雇されました」

 リリーは? マムやサミーは?

「それらの中から不満分子を集め、ハータ公が謀反を企てたのです。母上はその旗印となり、しかし、ことは早期に露見し、尼僧院に」

「あれは、エドアルに王位を継がせたかったのだ。女の浅知恵よ」

 カルヴが首を振った。

 女の浅知恵か。草原の女に聞こえれば、袋だたきに合うところだ。

「知らぬこととは言え、私も処罰を免れぬところでした。しかし、隣国から申し入れがあったのです。婿に手を下すなと。婚約がある以上、リュウインを無視することはできず、私はおとがめなしということになりました」

 エドアルは、ソファを叩いた。

「私は、あの赤イタチめに助けられたのです」

「では、昨夜からの襲撃は、王太后陛下の差し金と、おふたりはお考えか?」

 リュウカは本題に入った。

 ふたりは言いよどみ、うなだれた。

「城内の警備を強めてはいかがか? 信頼に足る護衛をつけ、いや、むしろ王太后陛下には遠くでご隠居を……」

「できるなら、とうにやっておるわ」

 カルヴがため息をついた。

「母上は近年、ますます盛んでな。予など傀儡よ。寵はすべてセージュにある。予には妃も王子も守る力すらないのだ。せめて、あと二十若かったら」

 ふたりの妃とふたりの息子は世を追われ、ひとりの息子は寵を浴び、残るひとりは命も危ない。

 老いた国王には同情を禁じ得ない。

「私も姉上のようであれば」

 エドアルもため息をついた。

「私には剣の腕もなく、異国の血も流れていない。守るすべも、逃れるアテもないのです」

 廊下に、足音が聞こえた。

 新たな襲撃か?

 リュウカは柄に手をかけた。今度は帯剣を許されている。

 人数は、ひとり。荒く、無防備である。

 扉が勢いよく開かれた。

「草原の王はどこか!」

 毛皮のガウンに乱れた夜着、くしゃくしゃの髪。小柄な背格好がエドアルにそっくりである。

「リュウカ!」

 男が駆け寄った。

 反射的に、リュウカはさやを抜いた。男の喉元につきつける。

 男は両手を大きく広げた。

「リュウカ! リュウカだな? 今までどこにいた? どうしてもっと早く頼ってこない!」

 カルヴが口をはさんだ。

「セージュ、初夜だろう。務めにもどれ。姫を待たせてはならぬ」

 叱るというよりは、頼むような弱々しさだった。

「あんな女、今すぐ追い返す! リュウカ、今までどうしていた。その男は誰だ?」

 族長を指す。

「草原の長だ。ずっとそちらに身を寄せていた」

「身を? 亭主か! リュウカ! こんな蛮族に!」

「父だ。異人である私を扶養してくれた」

 正確に言えば、扶養してくれたのは母だ。父とは名ばかりだ。

「父か!」

 表情は一変し、セージュは族長の手を握った。

「今まで、リュウカをかくまってくれていたのだな。送り届けてくれて礼を言う。リュウカは我が国にとっても大事な姫なのだ。ほうびをとらせるぞ。なんなりと申せ」

 リュウカは説明を省いた。

「こちらは王太子。礼をしたいと」

「では、交易だ」

 族長が言った。

「ファイアウォーに人を遣わせと言え。いろいろ理由をつけてな。焦らして、最終的には、ガーダといったかな、あの辺りで取り引きできるよう交渉しろ」

 ファイアウォーはガーダを北上し、パーヴの国境を越えたところにある。草原やイリーンや各国から荷や人の集まるにぎやかな商人たちの自治区である。

 話すだけムダだ。しかし、説明も面倒だ。直に断られれば納得するだろう。

 リュウカは言った。

「長は交易を希望している。場所はファイアウォーでどうかと」

「そんなものでいいのか? いいぞ」

 予期せずして、セージュが快諾した。

「草原はまずかろう。母上が許すまい」

 カルヴがとがめる。

「ババアなんかに文句言わせるかよ。決めるのはオレだ」

 セージュは得意げにリュウカを見た。

「チンディト公に話をつけておく。細かい話はそっちでつけろ。要求はすべて飲ませる」

 リュウカは通訳をためらった。話がうまくいきすぎる。

 セージュがせかす。

「早く言えよ。信じてないのか? もう昔のオレじゃないんだぞ。オレのひと声で国中が動くんだからな。なあ、オヤジ」

 得意そうにふり返ると、カルヴは力なくうなずいた。

 族長が訊ねた。

「どうした、コクヨウ。問題でも起きたか?」

「いえ。王太子は要求をすべて飲むと」

「そうか!」

 族長は顔を輝かせた。

「話のわかる男だ! おまえも、しっかり護衛を務めなくてはな!」

 エドアルの護衛に対する礼と取ったらしい。

 後日、チンディト公とファイアウォーで落ち合い、細かな打ち合わせをすることを約した。

 リュウカが付き添えない今、新たな通訳をファイアウォーで探す必要があったからだ。

「務めを早く果たしてもどるのだぞ。今年こそ、婿を取り、おまえには跡を継いでもらわねばならぬ。今年はムカイビも腕を上げた。おまえもコウギョクも必ず気に入るぞ」

 そう言い残し、族長は道案内に衛兵をふたりつけられ、ほくほく顔で宿へ引きあげた。

 セージュが約束を反故にすればいい、とリュウカは思った。

 今まで、なにもかもうまく行きすぎたのだ。族長はすっかり増長してしまった。

 自分の尽力がアダになった。交易のうま味だけを覚えさせてしまったのだ。

 これを機に、現実に立ち返ってくれたら、と思う。

「リュウカ、もう安心だぞ。オレが守ってやるからな」

 当然のように、セージュはリュウカの隣に腰をおろした。

「一生オレが面倒みる。イリーンの女なんか追い返して……」

 肩に手が伸びてくる。

 リュウカはすばやく手刀でセージュの首の後ろを打った。

 セージュが頽《くずお》れた。

「エドアル、すぐに支度を。日の出前に出立する。友に声をかけよ、理由はなんでもよい、視察でも狩りでも。荷は後で届けさせよ」

「とつぜん、姉上、どこへ?」

「伯父上には一筆したためていただきたい。王子を使者に仕立て、貴国の王女を届けにあがると。それから護衛を数名。モーヴ伯父上の部下であればなおけっこう」

 近ごろの兵は形ばかりの剣だと、モーヴはよく愚痴ていた。しかし、配下の者ならば、実戦向きの訓練を受けたはずだ。

「まさか、姉上、リュウインに行かれるつもりでは……」

「あの赤イタチは、そなたを守ってくれるのだろう?」

「しかし、姉上のお命が……」

「私があちらへ参るのと、そなたがここに残るのと、どちらに分がある?」

 エドアルはうなだれた。

「そなたには借りがある。死なれては返せぬよ」

 リュウカは笑った。

「それにしても、あの子はどうしたのです? グレイ家の子爵とは」

 ヒースに話題を転じる。

「エドアルが森で預かった、あの男か?」

「ええ、城の水が合うとは思えませんが」

「あいつはいったいなんなんです?」

 エドアルが頭をあげた。

「王を王とも思わぬ傍若無人ぶり。下々の者とは平気でつるみますし、女と見れば片っ端から口説くのですよ。もう、ほとほとあきれました」

「そなたが連れて参ったからには、むろん、それなりの素性の者であろう」

 カルヴが身を乗りだす。

「ウルサの姫のゆかりとか?」

 ウルサの姫?

 なんのことか、リュウカにはわからなかった。

「本人はなんと?」

「言わぬ。ムダに饒舌でありながら、肝心なこととなると、とんと口を割らぬ」

 ヒースらしい。親しげに話しながら煙に巻く。

「本人が語らぬことを、どうして他人の私に語れましょうや」

 すなおに頭を垂れながら、リュウカは内心ニヤと笑った。

 渡り廊下で人の輪を見つけた。

 肌寒い夜をわずかな灯りが照らした中、侍女が五人、侍者が一人、中心に金の髪の若者。成人したか否かの年ごろである。低い声は快く通り、その言葉に一同は沸いた。

「ヒース」

 呼ぶと、手を振った。

 輪は散り、若い子爵はリュウカの元に駆け寄った。

「どう? 話はついた?」

「今すぐにエドアルのそばについてもらいたい」

「用心棒? いいよ。それで?」

「じきに王子の棟から出て、友人をまわるはずだ。その間だけ頼む。朝には外出するが、そちらは私がつく。おまえはここに残って休んでいなさい」

「それから?」

「その先は、また考える」

「了解」

 ヒースはにこにこと笑った。

「なあ、オレ強くなっただろ?」

「おごりは……」

「命とり。一回聞きゃ充分だぜ。でも、やっぱあんたにゃかなわねーや。さっき見て思った。吸いつくように斬るよな。オレもまだまだ精進しなきゃな」

 剣を振る真似をする。

「でも、もう置いてきぼりはナシだぜ。ずっと一緒だからな」

 青い目がウィンクした。

 胸が痛んだ。

「おまえの周りはいつもにぎやかだな。近ごろは、女とみれば片端から口説いているとか」

「エドアルのヤツだな?」

 ヒースは笑った。

「やっかみだよ。オレがリズと仲いいからさ。あいつさ、かしこまって『エリザ姫』って呼ぶんだぜ。そのたんびにリズに怒られてやんの。なんで加減ってもんがわかんないのかね。そりゃ、あんたも同じか。人づきあい下手だもんなあ。ホント、オレがいないとダメなんだからな、リュートせんせ」

 ふいに、金髪の若者に、小さな男の子の姿が重なった。歌が好きで生意気な弟子。

「それにしても、まさか草原の地に逃げこむとはなあ。やることデカいぜ、うちの先生は」

 陽気に笑う。心やさしく愛らしい弟子。

 リュウカはぎゅうと抱きしめた。

 指の間からこぼれるやわらかな金髪。心地よいぬくもり。

「ヒース。おまえは変わらないな」

 離すと、弟子の顔は真っ赤だった。

「あのさ、リュウカ」

「ん?」

「また、胸デカくなった?」

 殴った。

 早朝、出立した。

 エドアルは学友を三人連れていた。彼らは道中、エドアルを諫《いさ》めた。

「本日は王太子さまのご婚儀の最終日ですよ。御印《みしるし》を表されるのですよ。こんな大事な日に狩りとは。王太子さまの御不興をかわれます。どうかおもどりを」

「おまえたちは私と兄上とどちらが大事なのだ!」

「殿下の御ためを思えばこそ!」

 護衛はふたり。

「この祝いで人が集まらなかったのですよ」

 ひとりがリュウカにささやいた。

「陛下もお人が悪い。リュウカさまにご同行とおっしゃれば、いくらでも集まりましたものを」

 リュウカは、長旅でよくそうするように、髪を布で包んでいた。

「黒髪を見ずとも、ひとめでわかりますとも。お顔が母君そっくりです」

「母をご存じか?」

「大将の部下で知らぬものはございませんとも。さんざん泣かされましたからな」

「何か迷惑を?」

「迷惑などというものではございません」

 ふたりは笑い、パーヴ時代のレイカの悪行の数々をあげた。

「囚人をみな逃がしておしまいになった時には青くなりましたぞ。凶悪犯が多くおりましたからな。再度とらえるのに、何人傷ついたと思います? 大将が、あまり本気を出すなとおっしゃらなければ、命を落とす者もあったでしょう」

「凶悪犯もあったのに、なぜ本気を出すなと?」

「ひとつひとつ本気を出しては体が持ちませぬ。次々と無理難題を吹っかける姫がいらっしゃるのに!」

 ふたりは陽気に笑った。

 一方、エドアルは機嫌が悪かった。

「姉上」

 話に割って入った。

「あの馬はなんです?」

「コウモリか」

 グレーがかった毛色の馬がカゲに並んでいた。よく見れば、白い毛のわずかにまじる葦毛だとわかったろう。

「長にいただいた」

 王太子セージュに、と渡されたものである。

 宝の持ち腐れだ。あんな男に、この誇り高い駿馬が乗りこなせるわけがない。

 勝手に連れだしたことは、後で知れるだろう。かまうものか。

「私にくださいませんか?」

「馬のほうでなんというかな。アレは乗り手を選ぶぞ」

「気が荒いのですか? おとなしそうに見えますが」

「気だてはやさしい。乗り心地は格別だ。ただ、草原以外の者に乗りこなせるかどうか」

「お任せください。私は馬は得意なのですよ」

 強く止めるべきだった、とリュウカは後から悔いた。

 手綱をとるやいなやふり落とされ、みなの面前でしたたかに背中を打ったのだ。

「乗る前でよかったな。落馬しては大事だった」

 慰めてみたものの、エドアルは前より不機嫌になってしまった。

「痛むか?」

「心が」

 外套と上衣の背中は、醜く裂けていた。

「着替えぐらい持ってくるのでした! こんなかっこうで隣国を訪ねるとは!」

 国境は目の前だった。

「隣国へ行かれるのですか?」

 同行の学友たちが不安げにエドアルの顔をのぞきこんだ。

「実は、ひそかに王命を授かっている」

 エドアルはもったいぶって言った。

「命令書もいただいた。こちらにおわすのは、リュウインのリュウカ姫である。これから母国にお連れするのだ。姫が落ち着かれるまで、我らもしばらく滞在する。おまえたちもついてくるな?」

 学友たちは顔を見合わせた。

「それは、どのような意味でしょう?」

「おまえたちは黙ってついてくればいいのだ!」

「頭ごなしに言うものではない」

 リュウカはたしなめた。

「そなたたちが知りたいのは、王太后のご意向だろう。王太后は、このことを知らぬ。私が生きていることすら知らぬ。その鼻先をすり抜け、国へもどろうというわけだ。エドアル王子はしばらくパーヴへはもどらぬ。不穏な動きがあるのでな。このままリュウインに婿入りするかも知れぬ。それでもついて来るか? そなたたちにも家族があろう。王太后の機嫌をそこねてはタダでは済まぬだろう。呼び寄せてリュウインで暮らすもよし、このままもどるもよし、どうか?」

「姉上! そのような物言いは!」

「隠してどうする? 誰にも都合はあろう。得心せずして先へ進むことなどできぬ」

 学友たちは長い間相談していた。

 やがて、ヴァンストンが青い顔で言った。

「私は殿下とご一緒いたします」

 エドアルは満足そうにうなずいた。

「そうとも。長く机を並べた仲ではないか」

 あとのふたりは帰ると言った。

 烈火のごとく怒るエドアルを、リュウカは押しとどめた。

「それぞれに事情はある。ムリ強いしてもよいことはない」

 国境は、エドアルと学友のヴァンストン、護衛の二人との五人で越えた。

「王都におうかがいを立てなければ、お通しできません」

 入国でもめたが、リュウカは笑った。

「エドアル王子殿下を足止めし、ご不興をこうむっては、そなたも先はあるまい。たとえ何やら疑わしくとも、五人ばかりで何ができよう。ここは黙って通すが得策と思うが」

 なるほど、それも道理だと、警備の長は通行を許した。

「程度が知れますな」

 護衛のひとりがささやいた。

「お偉方の顔色ばかりうかがい、己の務めは二の次。どこの国も同じですな」

 まったくだ、とリュウカは苦笑した。

 王都ロックルールへの途上で迎えが来た。

「これはこれは、婿どの」

 鞍上から、黒い毛皮の外套を羽織った小男が、大声を轟かせた。

「長旅をお疲れでしょう。馬車もなしにお越しとは」

 襟元は茶色のやわらかそうな毛皮で縁取られ、頭にかぶった毛皮の帽子の折り返しには、金や宝石が光っていた。高価で品のいい身なりの中から、大きな目がぎょろりと動き、大きな鼻がひくついた。

 なにより、左頬のキズが、何者であるかを雄弁に物語っている。

 リュウカの手に汗がにじむ。気がつくと柄《つか》を握りしめていた。

 まだ、早い。

 ゆっくり息を吐いた。

 エドアルの命のために、この男は必要なのだ。

 男は恭しく頭を垂れた。

「これはこれは王女殿下。ごきげんうるわしゅう」

 目がせわしなく何かを探していた。

「お母君は?」

 そうか。

 リュウカはハッとした。

 母の死を見た者はないのだ。

「昔はぐれたきりでな。何か消息を聞いていないか?」

「では、おひとりで?」

「エドアルに連れられて」

 頬キズの伊達男は目を瞬かせた。

「なるほど、おっしゃる通りで」

 コウモリに目を留め、カゲと交互に眺める。

「りっぱな馬ですな。どなたの?」

「どちらも私の」

「葦毛の愛馬はいかがされました?」

 胸が痛んだ。

「今までどちらに?」

「どこということもなく」

「お探し申しあげました。八方手を尽くしましたが……」

「黒髪は殺せと触れが出たのでな」

 伊達男は大声で笑いだした。

「お急ぎください。腕に覚えのある者をつれてまいりましたが、物騒でございます」

 せかされて、深夜に城に入った。

「お待ち申しあげておりました」

 城では、きらびやかな行列が、一行を出迎えた。

 なかでも派手な女が進みでて、リュウカを上から下まで眺めまわした。髪粉で白く染めた巨大なまとめ髪に、キャベツの髪飾りをのせている。侍女が後ろから杖で髪を支えていた。

「お出迎え痛み入ります。王后陛下」

 エドアルが宮廷風の礼をした。

「お疲れになりましたでしょう。今宵はゆるりとお休みくださいませ」

 王妃はエドアルに声をかけ、再びリュウカを眺めまわす。

「お初にお目にかかります。リュウカ姫」

 顎を突きだし、勝ち誇ったような目。

 リュウカはおとなしく頭を垂れた。

「お目にかかれて光栄でございます、王后陛下」

「お母君とご一緒でなくて残念ですわ!」

 王妃の声がうれしそうに響く。

「今や後ろ盾のない身。王后陛下のご温情だけが頼りでございます」

 リュウカはますます頭を垂れた。

「お顔をあげてくださいまし」

 王妃の声はさえずり歌うようだった。放っておけば、踊りだしたかも知れない。

「本日今より、妾《わたし》をまことの母とお思いくださいませ」

 後ろにいる若い女を手招きする。王妃によく似た美人で、姉妹のように見えた。

「こちらはアイリーン王女、妾《わたし》の娘ですの」

「はじめまして、お姉さま」

 つりあがった目が光り、唇の両端がふくみありげに上がった。

「不思議ですわ。生まれたときから城におりますのに、お姉さまにお目にかかるのはこれが初めてだなんて」

「野育ちですので、いたらぬところ多々あるやも知れません。よろしくご指導のほどを」

 リュウカはへりくだって頭を垂れた。

 目の前の姫は、さも驚いたかのように、大げさに両手を口元にあてた。

「まあ、どちらの野のお育ちですの?」

「幼きはウィックロウ。近ごろはどことも知れず、馬を駆り、羊を追っておりましたので」

「羊って、なんですの?」

「アイリーン、それはラムのことですよ」

 王妃が大声で言った。

「まあ、おとうさまが見るのもおイヤという、あの臭い獣肉ですの? そういえば、ここも何か臭いませんこと?」

 アイリーンがわざとらしく鼻をくんくんと鳴らした。

「これは失礼いたしました。直ちに汗を流して参りましょう」

 リュウカが一歩退くと、アイリーンはかん高く笑った。

「しみついた臭いは、一晩ではとれませんことよ」

「まあ、たいへん。臭いが移らないうちに、失礼させていただきますわ」

 王妃も高らかに笑った。

「姉上、なぜ黙って屈せられたのですか?」

 静かなところまで退くと、エドアルはなじった。

「あんなひどい侮辱を衆目の前で受けて」

 たかが口先に腹を立てている場合ではあるまいに。たとえ言い返したところで、水かけ論になるのは目に見えている。

 案内された客室はエドアルの部屋とは離れていた。

「ここなら、そなたを守る必要はない。支障はなかろう」

 抗議したがるエドアルをなだめた。

「しかし、ここでは姉上の身が危険です」

「そなたが守れるわけではあるまい」

 

 

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