【第166回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
24章 北方の姫君(三) ……その11

2009.6.17

 

「聞いてらっしゃいますか?」

 うつぶせのまま、妹はうなずいた。

「ではね……」

 いよいよだ。

 ダメだ、聞きたくない。

 先に言ってしまおう。

「少しは時間をさいて……」

「私たち終わりね!」

 目から涙が噴きだした。

 見苦しくないようにと決めたばっかりじゃないの!

 必死で自分に言い聞かせた。歯を食いしばった。

 男は続けた。

「私はね、少しだけ時間をさいてくださいと申しあげているんです。毎日、少しだけ歌って、毎晩、少しだけ私を見て、少しだけ私と話してください。あなたには、あなたのやりたいことがあるんでしょう。けっこうです。いくらでも没頭なさい。しかし、人はどんなに忙しくても食べなければならないでしょう? 歌や愛だって、何も与えなければ飢えてしまいます」

「そんな……、私はっ……」

 必死に声を絞りだした。

「あなたをとるか、夢をとるか、迫られるものだと……」

「だからね」

 ゆっくりと肩の辺りを押しながら、男は言った。

「人はパンも食べればキャベツも食べる。キノコも木イチゴも、リンゴだって。いろんなものが必要なんです。私には、旅も竪琴も必要なんです。もちろん、大事なあなたもです。あなただって、そうでしょう? それとも、私が欲しくはないのですか?」

「だいっきらい!」

 思わず、妹は叫んだ。

「あなたなんか、もう、だいっきらい! 本当にだいっきらい!」

 叫び続けた。

 翌朝、揺り起こされて最初に気づいたのはノドの異変だった。

「風邪をひいたかな」

 男は薬と熱いスープをベッドまで運んだ。毛布で妹をくるんでから、本を膝に置いた。

「疲れが溜まっていたんでしょう。あまりムリをなさらないでください。かえって勉強にさしつかえますから」

「勉強してもいいの?」

 昨夜の話からすれば自然なことではあったが、感覚的に信じられなかった。

「もし、あなたがなさりたいなら。そうではなかったんですか?」

「するわ」

 ああ、そうか、と妹は思った。

 今まで叱られるときって……。

『そなたは毎日歌って踊ってばかりで、まるで伯母にそっくりだ。慎みのない子だ』

『兄は女性の体に興味を持つ年頃なのだ。健康的な証拠なのに、いやらしく感じる妹はおかしい』

 自分の人格までこてんぱんに否定されたのだ。

 こんなふうに、おもいやってもらったことなんかなかった。

 これが、愛情というものか。

 少し泣けた。

 それから本を読み始めた。

 

 

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