「聞いてらっしゃいますか?」
うつぶせのまま、妹はうなずいた。
「ではね……」
いよいよだ。
ダメだ、聞きたくない。
先に言ってしまおう。
「少しは時間をさいて……」
「私たち終わりね!」
目から涙が噴きだした。
見苦しくないようにと決めたばっかりじゃないの!
必死で自分に言い聞かせた。歯を食いしばった。
男は続けた。
「私はね、少しだけ時間をさいてくださいと申しあげているんです。毎日、少しだけ歌って、毎晩、少しだけ私を見て、少しだけ私と話してください。あなたには、あなたのやりたいことがあるんでしょう。けっこうです。いくらでも没頭なさい。しかし、人はどんなに忙しくても食べなければならないでしょう? 歌や愛だって、何も与えなければ飢えてしまいます」
「そんな……、私はっ……」
必死に声を絞りだした。
「あなたをとるか、夢をとるか、迫られるものだと……」
「だからね」
ゆっくりと肩の辺りを押しながら、男は言った。
「人はパンも食べればキャベツも食べる。キノコも木イチゴも、リンゴだって。いろんなものが必要なんです。私には、旅も竪琴も必要なんです。もちろん、大事なあなたもです。あなただって、そうでしょう? それとも、私が欲しくはないのですか?」
「だいっきらい!」
思わず、妹は叫んだ。
「あなたなんか、もう、だいっきらい! 本当にだいっきらい!」
叫び続けた。
翌朝、揺り起こされて最初に気づいたのはノドの異変だった。
「風邪をひいたかな」
男は薬と熱いスープをベッドまで運んだ。毛布で妹をくるんでから、本を膝に置いた。
「疲れが溜まっていたんでしょう。あまりムリをなさらないでください。かえって勉強にさしつかえますから」
「勉強してもいいの?」
昨夜の話からすれば自然なことではあったが、感覚的に信じられなかった。
「もし、あなたがなさりたいなら。そうではなかったんですか?」
「するわ」
ああ、そうか、と妹は思った。
今まで叱られるときって……。
『そなたは毎日歌って踊ってばかりで、まるで伯母にそっくりだ。慎みのない子だ』
『兄は女性の体に興味を持つ年頃なのだ。健康的な証拠なのに、いやらしく感じる妹はおかしい』
自分の人格までこてんぱんに否定されたのだ。
こんなふうに、おもいやってもらったことなんかなかった。
これが、愛情というものか。
少し泣けた。
それから本を読み始めた。