春になったら出発できるよう、冬じゅう、妹はパーヴの言語や文化について勉強した。書物だけが師だった。夜も昼も書物に読みふけった。
冬の間ともに暮らしている男が怒りだした。
「私との時間はどうなるんです」
「ジャマしないで!」
妹は叫んだ。
「これは外に出られる唯一のチャンスなのよ! いつでも自由にふらふらしていられるあなたなんかには、決してわからないわ! これには私の夢がかかっているのよ!」
大ゲンカになった。
これまでも何度もケンカはしたが、これほど男が譲らないのは初めてだった。
口をきかない日が続いた。
もう終わりだわ、と妹は思った。
サウナから出て寝所へ入ると、男が竪琴の手入れをしていた。
妹が横になると、男は竪琴を置き、妹の体に手を触れた。
背中や肩をギュウギュウと押した。ときどきこうして体をほぐしてくれるのだ。
やさしい人なのに、どうしてわかってくれなかったのだろうと、涙が出た。
「あなたの歌をしばらく聴いていません」
男が言った。
ああ、始まった、と妹は思った。
なるべく惨めにならないようにしよう。未練がましくなく、あっさりと、きっぱりと。
「あなたの歌も、琴の調べも、私は大好きです。初めて聞いたときは、妖精にちがいないと思いました」
「私も大好きだったわ、あなたの歌」
歌だけじゃない、と妹は思った。言葉も目も腕も何もかも。でも、もう永久に失ってしまったのだ。
「でも、あなたは妖精ではありませんでした。毎日食事をしなければ死んでしまう、ただの人間なんです」
「そうよ。バカな人間よ」
涙声にならないよう、気を張った。
「人はね、どんなに忙しくても、ご飯を食べなくちゃいけない。私たちの仲だって、何もしなければ冷えてしまう。ひとつのことだけをするようには、人はできていないんです。だって、ひとつのことしか求めない生き方は、つらいでしょう?」
なのに、私はひとつのことだけを求めた。
これは罰だ。ひとつのことしかできない愚かな自分への罰なのだ。