【第163回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
24章 北方の姫君(三) ……その8

2009.5.27

 

「私も旅に出たいわ。でも、一緒に行ったら、よけいなお荷物だわ」

「本当にいらっしゃいますか?」

 男は着替えを始めた。妹はベッドに寝そべりながら、そのようすを眺めた。

「やさしいのね。本気にしちゃいそうだわ」

「本気ですよ。一緒に参りましょう。あなたが気まぐれでおっしゃっているのでないなら」

 ああ、本気なのだ、と妹は思った。

「ダメよ。表に出たら伯母が追ってくるわ。ここにいれば守ってもらえるけど、外に出たらどんな目に遭うか。きっと、拷問を受けて白状させられるわね。よくて、どこかに幽閉よ。あなたもきっと殺される」

「やはり気まぐれでしたか」

「ちがうわ!」

 妹は身を起こした。

「私だって、旅に出たい! あなたと一緒だったら、どんなに楽しいかしら。でも、まだ死にたくないのよ! ほかにいい方法があるなら教えて!」

「私と本当に一緒にいたいのですか?」

 男は身支度を整え、ベッドに腰掛けた。ベッドがきしんだ。

 行ってしまう! 妹は思った。

「また、ひとりぼっちになるんだわ!」

 妹は両手で顔を覆った。

 男は、その手をとって引き離し、自分の胸に引き寄せた。

「私は、ひとところにはいられない性分なんです」

「そんなの知ってるわ!」

 旅の話の合間に、男は何度もそうくり返していた。

「また来ます。春に一度、夏に一度、秋に一度」

「冬は来ないのね」

 恨みがましくなじった。

 冬は雪と氷に閉ざされてしまう。旅人は南の暖かい国へ行ってしまうだろう。

「私は歌うことしか能がないのですよ」

 男はそう言って旅立ってしまった。

 男なんて、みんな同じだわ、と妹は思った。やさしいことを言うだけ言って、好き勝手にする。女なんて、ちょっとした慰みにしか思っていない。

 男は、約束通り、春に一度、夏に一度、秋に一度訪れた。冬にはずっと尼僧院の村で過ごした。雪に閉ざされた村では楽しみが少なく、男の歌は引っ張りだこだった。

 冬の間中、妹の寝床は温かだった。

 この人は、私のことを思っている、と妹は思った。

 だから、この人と過ごすと、心地いいのだ、何事も。

 

 

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