「私も旅に出たいわ。でも、一緒に行ったら、よけいなお荷物だわ」
「本当にいらっしゃいますか?」
男は着替えを始めた。妹はベッドに寝そべりながら、そのようすを眺めた。
「やさしいのね。本気にしちゃいそうだわ」
「本気ですよ。一緒に参りましょう。あなたが気まぐれでおっしゃっているのでないなら」
ああ、本気なのだ、と妹は思った。
「ダメよ。表に出たら伯母が追ってくるわ。ここにいれば守ってもらえるけど、外に出たらどんな目に遭うか。きっと、拷問を受けて白状させられるわね。よくて、どこかに幽閉よ。あなたもきっと殺される」
「やはり気まぐれでしたか」
「ちがうわ!」
妹は身を起こした。
「私だって、旅に出たい! あなたと一緒だったら、どんなに楽しいかしら。でも、まだ死にたくないのよ! ほかにいい方法があるなら教えて!」
「私と本当に一緒にいたいのですか?」
男は身支度を整え、ベッドに腰掛けた。ベッドがきしんだ。
行ってしまう! 妹は思った。
「また、ひとりぼっちになるんだわ!」
妹は両手で顔を覆った。
男は、その手をとって引き離し、自分の胸に引き寄せた。
「私は、ひとところにはいられない性分なんです」
「そんなの知ってるわ!」
旅の話の合間に、男は何度もそうくり返していた。
「また来ます。春に一度、夏に一度、秋に一度」
「冬は来ないのね」
恨みがましくなじった。
冬は雪と氷に閉ざされてしまう。旅人は南の暖かい国へ行ってしまうだろう。
「私は歌うことしか能がないのですよ」
男はそう言って旅立ってしまった。
男なんて、みんな同じだわ、と妹は思った。やさしいことを言うだけ言って、好き勝手にする。女なんて、ちょっとした慰みにしか思っていない。
男は、約束通り、春に一度、夏に一度、秋に一度訪れた。冬にはずっと尼僧院の村で過ごした。雪に閉ざされた村では楽しみが少なく、男の歌は引っ張りだこだった。
冬の間中、妹の寝床は温かだった。
この人は、私のことを思っている、と妹は思った。
だから、この人と過ごすと、心地いいのだ、何事も。