【第162回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
24章 北方の姫君(三) ……その7

2009.5.20

 

「おつらい目にあっていらっしゃるのですね」

 男は言った。

 え、と妹は男の顔を見つめた。

 男はまじめな顔で言った。

「ご自分を殺しておしまいになっては、もう、お友だちともご連絡がとれず、お淋しいことでしょう」

「友だちなんか、初めからいないのよ」

 妹は笑った。

「それに、今でも伯母や従弟が訪ねてくるのよ。ここのみんなもやさしくて、ちっとも淋しくないわ。私、幸せよ」

 男はなおも妹の顔を見つめた。

「お顔つきがすっかり変わっていらっしゃいます。苦労なしに、このようにお顔つきが変わるものではありませんよ」

「なあに? 私がとってもつらかったのよと泣けばご満足?」

 妹はにっこり笑った。

「わかったようなことを言う人は嫌いよ。さあ、すわって。飲み直しましょう。旅の話でも聞かせて」

 グラスを並べ、妹は当然のように男のあぐらの上にすわった。

 背を預けると、大きな胸に包まれた。昔と同じように温かだった。

 男は旅の話を始めた。昔のように歌うような調子だった。

 心地よさにうとうとした。

「風邪を召されますよ」

 声をかけられて、ベッドに入ったところまでは覚えている。

 朝、目が醒めると、温かな息を頬に感じた。見れば、そばに男の顔があった。

「あのときは何もしなかったのに」

 妹が言うと、男は困ったように笑った。

「まだ子どもでいらしたから」

「今ならいいの?」

 男は困ったような顔をして妹を抱き寄せた。

 こんなに心地いいものだったのか、と妹は身を任せながら思った。従弟の時はただつらい時間だった。

「うまいのね。もう何十人と寝たんでしょう」

 妹が口に出すと、男は苦笑した。

 

 

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