【第157回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
24章 北方の姫君(三) ……その2

2009.4.15

 

 産み月の二シクル前になって、旅の商人とかいう男が訪ねてきた。

「ごきげんよう、美人さん」

 商人が帽子をとって優雅に挨拶した。

 隣国の王弟だった。商隊にまぎれて入国したのだという。

「私、もうすぐ子を産みますの」

 妹はせりでた腹を撫でてみせた。

「それは、おめでとうと言っていいのかな?」

 王弟は複雑な表情をした。

 早馬で国境まで越え、尼僧院にこっそり呼びつけられれば、誰だって尋常でないことは察するだろう。

 それでも、この人は来てくれた。

 妹は、まだ幾分残っていた迷いを捨てた。

「この子を預かってくださいませ」

 王弟はうなった。

「ここにいたら、この子にはよくないような気がしてなりませんの」

 妹は事情をすべて打ち明けた。

 しばらく王弟は目をつむり、黙って考えていた。

「事態はたぶん、あなたが考えているより悪いかも知れない」

 長い沈黙の後、王弟は言った。

「オレは部外者だからよくはわからないが、たぶん伯母君は、あなたと従弟の仲をよく思っていない。なかったものにしたいんだろう。だとしたら、子どもはとりあげられ、殺されるか、よくても僧籍に入れられるか。あなたもどうなるか」

「そういうことって、よくあることなんですか?」

「私の国ではね」

 王弟は皮肉な笑みを浮かべた。

「信じられないわ。何かはあるかも知れないけど……」

 王弟は胸元のボタンを外し、わずかにはだけた。

 傷跡が見えた。

「戦の傷ではないんだ。あるバアさんが、その……お袋を気に入らないばっかりに、子どもに当たり散らしたんだ。アニキの一人はこの傷が元で死んだ。他のアニキとお袋は毒で死んだ。オレはかろうじて生き残った」

「そんなこと、私には有り得ないわ。伯母は私を逃がしてくれたし……」

「そうしなければ、従弟どのがすんなり逃げてくれなかったから」

「だけど、伯父がちゃんと迎えに来てくれたわ」

「このまま生かしておけば災いになるからね。従弟どのも、あなたが死んだと聞かされればあきらめるだろう」

 死んだ者は探さない。

 妹は胸中でくり返した。

 探されたくなければ、殺してしまえばよいのだ。

「我が子を利するために魔物に化ける親は、ときどきいるものだよ」

「では、どうしたらいいの? この子は死んだとでも言いましょうか?」

「それでは、あなたの身が危ない。あなたさえ消せば、事は済むからね。里子に出したと言うといい。事情をすべて話し、信用のおける人に預けたとかね」

「でも、この子を人に預けるなんて」

 自分でさえ、こう育ったのだもの、赤の他人に預けたら、もっとひどい扱いを受けるに決まってるわ。

「誰か、信用のおける人は……いないだろうな、オレに相談するぐらいだ」

 

 

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