産み月の二シクル前になって、旅の商人とかいう男が訪ねてきた。
「ごきげんよう、美人さん」
商人が帽子をとって優雅に挨拶した。
隣国の王弟だった。商隊にまぎれて入国したのだという。
「私、もうすぐ子を産みますの」
妹はせりでた腹を撫でてみせた。
「それは、おめでとうと言っていいのかな?」
王弟は複雑な表情をした。
早馬で国境まで越え、尼僧院にこっそり呼びつけられれば、誰だって尋常でないことは察するだろう。
それでも、この人は来てくれた。
妹は、まだ幾分残っていた迷いを捨てた。
「この子を預かってくださいませ」
王弟はうなった。
「ここにいたら、この子にはよくないような気がしてなりませんの」
妹は事情をすべて打ち明けた。
しばらく王弟は目をつむり、黙って考えていた。
「事態はたぶん、あなたが考えているより悪いかも知れない」
長い沈黙の後、王弟は言った。
「オレは部外者だからよくはわからないが、たぶん伯母君は、あなたと従弟の仲をよく思っていない。なかったものにしたいんだろう。だとしたら、子どもはとりあげられ、殺されるか、よくても僧籍に入れられるか。あなたもどうなるか」
「そういうことって、よくあることなんですか?」
「私の国ではね」
王弟は皮肉な笑みを浮かべた。
「信じられないわ。何かはあるかも知れないけど……」
王弟は胸元のボタンを外し、わずかにはだけた。
傷跡が見えた。
「戦の傷ではないんだ。あるバアさんが、その……お袋を気に入らないばっかりに、子どもに当たり散らしたんだ。アニキの一人はこの傷が元で死んだ。他のアニキとお袋は毒で死んだ。オレはかろうじて生き残った」
「そんなこと、私には有り得ないわ。伯母は私を逃がしてくれたし……」
「そうしなければ、従弟どのがすんなり逃げてくれなかったから」
「だけど、伯父がちゃんと迎えに来てくれたわ」
「このまま生かしておけば災いになるからね。従弟どのも、あなたが死んだと聞かされればあきらめるだろう」
死んだ者は探さない。
妹は胸中でくり返した。
探されたくなければ、殺してしまえばよいのだ。
「我が子を利するために魔物に化ける親は、ときどきいるものだよ」
「では、どうしたらいいの? この子は死んだとでも言いましょうか?」
「それでは、あなたの身が危ない。あなたさえ消せば、事は済むからね。里子に出したと言うといい。事情をすべて話し、信用のおける人に預けたとかね」
「でも、この子を人に預けるなんて」
自分でさえ、こう育ったのだもの、赤の他人に預けたら、もっとひどい扱いを受けるに決まってるわ。
「誰か、信用のおける人は……いないだろうな、オレに相談するぐらいだ」