【第155回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
23章 忠誠 ……その17

2009.4.1

 

 山を下り、村を通り抜け、街道へ出たところで、一行はようやく馬足を緩めた。

「あなたは裏切らなかったのね」

 リズが言った。

「裏切ったら、置いてくつもりだったわ」

「私の忠誠をお疑いですか」

 デュール・ヒルブルークは、またもやムッとして答えた。

「信用しろというほうがムリよ」

「私はいつでも誰よりも殿下のお味方です! 父も王后陛下のお味方でした、それがどうしておわかりいただけないのです!」

「疑ったわけではございません」

 リリーがとりなすように言った。

「ただお心を知るには、まだ日も浅く、機会もじゅうぶんではございませんでしたから。これからは、より深く存じあげられるでしょう」

 下手に出られて、デュール・ヒルブルークの溜飲も幾分下がった。

「では、悪だくみには気づいていらしたのですか」

「ええ。ワインをいただいたときに。不自然でしたから」

「急いで出てきたから、荷物も持って来られなかったわ」

 リズがふくれた。

 リリーがたしなめる。

「マントを羽織るヒマがあっただけ、マシですよ」

 マントからはみ出たすそは、寝間着のものだった。

「申しわけありません、私があの者たちの悪だくみに早く気づいていれば」

 男ならまだしも、女性なら恥ずかしいだろうと思いやり、すなおにデュール・ヒルブルークは謝った。

 リュウカたちが追いついたのは、少し経ってからのことだった。

 エドアルは鞍に縛りつけられ、その馬の手綱を、リュウカが引いて駆けてきた。

「少し休もう。エドアルがケガをしている」

 殴打の傷がひどく、鞍上で体を支えることができなかったのである。

「じゃあ、オレは行くぜ」

 ヨアラシが言った。

 リュウカがうなずいた。

「迷惑をかけてすまぬ」

 ヨアラシは馬の腹を蹴った。

 みるみるうちに一行は遠ざかった。

 ヨアラシの懐には、一通の手紙が入っている。

 何かのついでの折りに、と黒髪の王女は言った。

 中にはきっと、自分に褒美をくれるようにと書いてあるに違いない。

 まったく変わり者の姫さんだ。

 自分を水責めにした貴族さまを仕置きしたかと思えば、その貴族さまの仕返しを受けないよう、自分をわざわざたたき起こしにきて、逃がしてくれる。

 自分たちが逃げるだけでも精いっぱいだろうに。

 しばらく留守にしているグラッサの街を思い浮かべた。自分を待っている女。小綺麗な家に子連れで住んでいる、うら若い美人の日陰者。商人の妾。自分が訪れるのを首を長くして待っているだろうか。それとも、もう若い男を引き入れただろうか。

 とりあえず、間男は休業だ。

 ヨアラシはもうひとつ馬の腹に蹴りをくれた。

 

 

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