山を下り、村を通り抜け、街道へ出たところで、一行はようやく馬足を緩めた。
「あなたは裏切らなかったのね」
リズが言った。
「裏切ったら、置いてくつもりだったわ」
「私の忠誠をお疑いですか」
デュール・ヒルブルークは、またもやムッとして答えた。
「信用しろというほうがムリよ」
「私はいつでも誰よりも殿下のお味方です! 父も王后陛下のお味方でした、それがどうしておわかりいただけないのです!」
「疑ったわけではございません」
リリーがとりなすように言った。
「ただお心を知るには、まだ日も浅く、機会もじゅうぶんではございませんでしたから。これからは、より深く存じあげられるでしょう」
下手に出られて、デュール・ヒルブルークの溜飲も幾分下がった。
「では、悪だくみには気づいていらしたのですか」
「ええ。ワインをいただいたときに。不自然でしたから」
「急いで出てきたから、荷物も持って来られなかったわ」
リズがふくれた。
リリーがたしなめる。
「マントを羽織るヒマがあっただけ、マシですよ」
マントからはみ出たすそは、寝間着のものだった。
「申しわけありません、私があの者たちの悪だくみに早く気づいていれば」
男ならまだしも、女性なら恥ずかしいだろうと思いやり、すなおにデュール・ヒルブルークは謝った。
リュウカたちが追いついたのは、少し経ってからのことだった。
エドアルは鞍に縛りつけられ、その馬の手綱を、リュウカが引いて駆けてきた。
「少し休もう。エドアルがケガをしている」
殴打の傷がひどく、鞍上で体を支えることができなかったのである。
「じゃあ、オレは行くぜ」
ヨアラシが言った。
リュウカがうなずいた。
「迷惑をかけてすまぬ」
ヨアラシは馬の腹を蹴った。
みるみるうちに一行は遠ざかった。
ヨアラシの懐には、一通の手紙が入っている。
何かのついでの折りに、と黒髪の王女は言った。
中にはきっと、自分に褒美をくれるようにと書いてあるに違いない。
まったく変わり者の姫さんだ。
自分を水責めにした貴族さまを仕置きしたかと思えば、その貴族さまの仕返しを受けないよう、自分をわざわざたたき起こしにきて、逃がしてくれる。
自分たちが逃げるだけでも精いっぱいだろうに。
しばらく留守にしているグラッサの街を思い浮かべた。自分を待っている女。小綺麗な家に子連れで住んでいる、うら若い美人の日陰者。商人の妾。自分が訪れるのを首を長くして待っているだろうか。それとも、もう若い男を引き入れただろうか。
とりあえず、間男は休業だ。
ヨアラシはもうひとつ馬の腹に蹴りをくれた。