エドアルはタランの部屋を出た。
室内の明るさとうってかわって廊下は暗く、エドアルは目をこらして辺りを見渡した。背の高いシルエットを見つけてホッとした。デュール・ヒルブルークである。
「姉上のお部屋までついてこい」
デュール・ヒルブルークは廊下の灯りをランプに移し、掲げて歩きだした。
城と違って、この屋敷の廊下は暗い。
エドアルはデュール・ヒルブルークの横につき、一歩だけ前を歩いた。
デュール・ヒルブルークの姿を見て歩くのはイヤだった。
背が高く、肩幅は広く、同い年だというのに、違いを見せつけられるようで苛々した。
リュウカたちの部屋は、城と違い、たった二室しかなかった。
奥に寝室、前に居室。衣装部屋もなければ侍女の控え部屋もない。
衣類や荷物は居室に積みあげられ、ついたてで目隠しされていたものの、残りは狭苦しく、丸テーブルと椅子を三つ並べるのがやっとだった。
リズはその椅子のひとつにすわり、リリーがその髪をゆるく編んでいた。
「姉上、おやすみになる前に一杯いかがです」
エドアルが呼びかけると、リリーが答えた。
「ちい姫さまはお取り込み中です」
「今、飲みたいんだ。待っていたらぬるくなってしまう」
エドアルはワインの瓶をテーブルの上に置いた。
「リズは吸いつくように瓶を見たが、ワインとわかると興味を失った。
「そんなもの、お友だちと一緒に飲んだら?」
エドアルはムッとした。
「上物なんだ。姉上に召しあがっていただかなくては」
「いっつも姉上姉上ね! 私が飲めないのを知ってて、嫌がらせ?」
エドアルはカッとなった。
「ひがむのはヤメろ! 私は好意で持ってきたんだぞ!」
「ほら、またいい人ぶる! 天然の嫌がらせは、年季が入ってますこと!」
「おまえなんかに持ってきてない! 姉上はどこだ! 姉上に直にお話する!」
「飲みませんよ、そんな得体の知れないもの」
リリーが言った。
エドアルは目をむいた。
リリーは動じない。
「お気楽な王子殿下はご存じないでしょうけど、ちい姫さまにお出しするワインは、いつも私が酒蔵に行って、目の前で樽から出させて、その場で責任者に毒味をさせてから供しているんですよ。そんな得体の知れないシロモノなんか……」
「得体が知れなくなんかない! これはヒプノイズがくれたんだ。せっかくの好意をむげにする気か?」
リリーはため息をついた。
「わかりました。ちい姫さまがいらしたらお話しておきましょう。では、それを置いてお帰りください」
「いや。姉上がいらっしゃるまでお待ちする」
姉上が帰ってきたら、きっとありがとうとお礼を言ってくださる。
微笑みを向けられるさまを夢想した。
だが、リリーは腰に手をやり、ぶち壊した。
「こんな夜更けに若いレディたちの部屋に押しかけて、これが紳士のやることですかね!」
リズが助け船を出した。
「別におかしくないわ。アルは私の許婚なんだし。それにデュールだってしょっちゅうお姉さまのところに忍んでたじゃないの」
リリーは皮肉っぽく笑った。
「男ってのは、みんなそういうものなんですかね。あのマヌケ面もよく忍びこんで、お姫さまに思いっきり背中を踏みつけられてましたっけ」
「私は違うぞ! 失礼する!」
エドアルは急いで退室した。
デュール・グレイやリュウイン王アプスと同列に扱われるなんて!