夕食後、湯浴みをすませ、エドアルはヒプノイズの部屋を訪れた。
護衛のデュール・ヒルブルークを廊下に控えさせ、中に入る。
室内は明るくにぎやかだった。惜しみなく灯された燭台と、大きな笑い声、着飾った女たち。
エドアルがソファに身を埋めると、両わきに女がやってきて、酒や肴をすすめた。
リズやリリーとは大違いだ。
女たちの香水は鼻をくすぐり、肌のぬくもりが心まで温めるようだった。
当主タラン・ヒプノイズが、いつものように場の主役だった。
昨日は狩り場で追いつめた木こりの話、今日は街で追いつめた女の話だった。
わざわざ当主自ら声をかけてやったにも関わらず、その女は逃げ、捕まえられると抵抗したのだった。
まだ十五、六だというのに、その非礼ぶり。将来が思いやられるため、教育を施したという。
そうだ、それこそが正義なのだ、とエドアルは思った。
不正を野放しにしておいては、この国のためにならない。
姉上だって、宰相の言うことなどきかず、さっさと仇を討ってしまえばいいのだ。兄が戦をするというなら、打ち負かしてしまえばいい。自分を裏切った学友たちも、まとめてやられてしまえばいいのだ。
「相談がある」
エドアルは深刻な面もちで切り出した。
タランは笑いながらふり向いた。
「一人前に深刻ぶりやがって。なんだ?」
エドアルにタメ口をきくのは、リズやリュウカぐらいなものだった。
だから、タランがこのような口をきくたび、本当の友だちになれたような気がした。
いつも堂々とした、陽気で正義感にあふれた六歳も年上の友だち。
「明朝、ここを発つ。姉上は次の婚約者候補にお会いなさるのだ。私たちも一緒に行かなくてはならない」
「勘違いじゃないか? あの女、何も言わなかったぞ」
あの女呼ばわりするな、とは言えなかった。タランの機嫌を損ねるのが怖かった。
「内緒なんだ。本当は、黙って行くはずだったんだ。あなたたちには、後日事情を説明するはずだった」
「ふざけんな。勝手な真似すんじゃねぇよ。行き先はどこだ?」
「わからない。姉上は何も話してくださらないから」
「くそっ。あの女、コケにしやがって。オレの領内で好き勝手なことさせねぇぞ」
口は悪いが、姉上のことを心配しているのだ、とエドアルは思った。
その証拠に、タランは弟のフュトにワインを一本持ってこさせた。
「とっておきのワインだ。これをあの女に飲ませてこい」
「では、明日、道中で……」
「バカか?」
タランは大笑いした。
フュトが代わりに説明した。
「いいか、せっかく飲みごろにしてあるのに、時間が経ったら風味が落ちるだろうが。今すぐ飲ませて来い」
繊細なワインなのだろう。きっと貴重なものなのだ。