【第149回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
23章 忠誠 ……その11

2009.2.18

 

 夕食後、湯浴みをすませ、エドアルはヒプノイズの部屋を訪れた。

 護衛のデュール・ヒルブルークを廊下に控えさせ、中に入る。

 室内は明るくにぎやかだった。惜しみなく灯された燭台と、大きな笑い声、着飾った女たち。

 エドアルがソファに身を埋めると、両わきに女がやってきて、酒や肴をすすめた。

 リズやリリーとは大違いだ。

 女たちの香水は鼻をくすぐり、肌のぬくもりが心まで温めるようだった。

 当主タラン・ヒプノイズが、いつものように場の主役だった。

 昨日は狩り場で追いつめた木こりの話、今日は街で追いつめた女の話だった。

 わざわざ当主自ら声をかけてやったにも関わらず、その女は逃げ、捕まえられると抵抗したのだった。

 まだ十五、六だというのに、その非礼ぶり。将来が思いやられるため、教育を施したという。

 そうだ、それこそが正義なのだ、とエドアルは思った。

 不正を野放しにしておいては、この国のためにならない。

 姉上だって、宰相の言うことなどきかず、さっさと仇を討ってしまえばいいのだ。兄が戦をするというなら、打ち負かしてしまえばいい。自分を裏切った学友たちも、まとめてやられてしまえばいいのだ。

「相談がある」

 エドアルは深刻な面もちで切り出した。

 タランは笑いながらふり向いた。

「一人前に深刻ぶりやがって。なんだ?」

 エドアルにタメ口をきくのは、リズやリュウカぐらいなものだった。

 だから、タランがこのような口をきくたび、本当の友だちになれたような気がした。

 いつも堂々とした、陽気で正義感にあふれた六歳も年上の友だち。

「明朝、ここを発つ。姉上は次の婚約者候補にお会いなさるのだ。私たちも一緒に行かなくてはならない」

「勘違いじゃないか? あの女、何も言わなかったぞ」

 あの女呼ばわりするな、とは言えなかった。タランの機嫌を損ねるのが怖かった。

「内緒なんだ。本当は、黙って行くはずだったんだ。あなたたちには、後日事情を説明するはずだった」

「ふざけんな。勝手な真似すんじゃねぇよ。行き先はどこだ?」

「わからない。姉上は何も話してくださらないから」

「くそっ。あの女、コケにしやがって。オレの領内で好き勝手なことさせねぇぞ」

 口は悪いが、姉上のことを心配しているのだ、とエドアルは思った。

 その証拠に、タランは弟のフュトにワインを一本持ってこさせた。

「とっておきのワインだ。これをあの女に飲ませてこい」

「では、明日、道中で……」

「バカか?」

 タランは大笑いした。

 フュトが代わりに説明した。

「いいか、せっかく飲みごろにしてあるのに、時間が経ったら風味が落ちるだろうが。今すぐ飲ませて来い」

 繊細なワインなのだろう。きっと貴重なものなのだ。

 

 

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