エドアルは一瞬黙った。
が、すぐに言い返した。
「じゃあ、草原の国に連れていってくれればよかったじゃないか! こんなちんけな国じゃなく!」
リズは、予想外の答えにうろたえた。
リュウカは返答に困っていた。
草原の国などというものは存在しない。広い草原の地にいくつもの部族がそれぞれ転々と移動しながら暮らしている。
狩りもあれば戦いもある。体力のないエドアルが暮らしていけるはずもない。
しかし、それを指摘しては、エドアルが傷つくだろう。
そもそも、エドアルを受け入れるかどうか決めるのは族長のイワツバメだ。リュウカに権限はない。
「すまない」
リュウカは言った。
「私の力が足りないばかりに、そなたには苦労をかける」
「ちい姫さまが謝る必要なんてありません!」
リリーが怒った。
「この無礼者を蹴り飛ばして、背中を踏んづけてくださいまし。お姫さまなら、きっとそうなさったはずです!」
叔母ならやりかねない、とエドアルは腰を浮かせた。
母なら、睨みつけ、すぐさま殴っただろう、とリュウカは思った。
だが、母のような即決が自分にはできない。第一、自分の無力さが原因ではないか。
「私にもう少し力があれば、そなたの好きにさせてやれたものを。すまないが、ここはこらえてくれ」
エドアルはふくれっ面だった。
恨み言が次から次へとわき起こった。
姉上は、私を助けてくれない。父上は助けてくれないばかりか、さっさと死んでしまった。ヴァンストンたちは裏切った。臣下のくせに! あろうことか、あの生意気なデュール・グレイまで姿を見せなくなった。あいつまで裏切ったんだ! そうにちがいない! なにもかも、あんな兄を持ったせいだ。なぜ、父も母も、兄を放っておいたんだ。祖母が怖いとはいえ、我が子だろう! 父や母が責任を果たさなかったから、自分がとばっちりを受けているんだ。今、自分には、ヒプノイズたちしかいない。
なのに、姉上はあの赤イタチなどの言うことを聞いて、私をヒプノイズたちから引き離そうとしている!