【第142回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
23章 忠誠 ……その4

2008.12.31

 

 帰途の道中、村を出てまもないころ、デュール・ヒルブルークの後ろから聞こえよがしな声が聞こえた。

「ねずみの言い分は、姫さまも聞くみたいだな。ねずみは穴掘りだけが得意じゃないらしい」

 下品な低い笑いが続く。

 デュール・ヒルブルークは馬上でふり向きざまに怒鳴った。

「誰だ!」

 後続の兵たちは誰も彼もニヤニヤしながら、そっぽを向いていた。

 声から、デュール・ヒルブルークには誰だか察しがついていた。肩幅の広い筋肉質の、ゴツゴツした顔の男である。いつか井戸の周りでも揶揄された。

「殿下を侮辱するとは許さん! 成敗してくれる!」

 剣を抜いた。刃が白く光った。

「ねずみは姫さまのベッドでお慰めしてりゃいいんだよ」

 相手も剣を抜いた。

「前から気に入らねぇんだよ。取り柄もないくせに、色男気取りやがって」

 周囲はニヤニヤと笑いを浮かべながら、事の行方を見守っていた。

 デュール・ヒルブルークは大きく剣をふりあげ、突っこんだ。

 相手は馬を操り、大きくよけた。

 デュール・ヒルブルークは馬を返した。

 見物人たちが口笛を高く吹き鳴らした。

 隊列は、二人を囲んで澱んだ。

 罵声や冷やかしの声に混じって、賭けの呼びこみが始まり、先を進んでいたリュウカは異常に気づいた。

 飛び交う怒号にねずみ野郎という語を聞いては、状況を察っせざるを得なかった。カゲの鼻先を入れ、ムリヤリに輪に割りこんだ。

「何の騒ぎだ?」

 デュール・ヒルブルークはハッとして剣をしまい、頭を垂れた。

 ねずみの話など、二度と殿下のお耳に入れてはならない。

 相手は抜き身の剣を振りながら、ニヤと笑った。

 リュウカは内心ため息をついた。

 こんなバカげたことは、もうたくさんだ。

「ねずみがどうとか言っていたようだが、デュール・ヒルブルークは私の愛人ではないよ」

 周囲の笑いは消えなかった。

 ウソだと思っているのだろう。

 リュウカは内心、もうひとつため息をついた。

 仕方がない。

「ねずみと歌われているのは、デュール・グレイ子爵のほうだ。隣国パーヴから付き添ってきた金髪の子爵だ。知っている者もいるだろう、隣国パーヴの前の王弟常勝将軍モーヴ殿下のご子息である。同じデュールでも、間違われては不愉快だ。以後、肝に銘ずるように」

 ウソは言っていない。

 ヒースは噂の張本人で、養子でも息子は息子というだけである。ヒースには愛人だという不名誉な嫌疑がかかるが、致し方ない。

「みなには、本来の仕事ではないことをさせて申しわけなく思っている。だが、彼らに心を許してもらい、話を聞くのには、他によい方法が思い浮かばないのだ。もし何か彼らから話を聞く機会があったら、私にも教えてほしい。あの村で何があったのか、事実を知りたいのだ」

 自分は、うまくしゃべれているだろうか?

 リュウカには自信がなかった。

 もし、ヒースなら、うまくしゃべれるだろうに。

 今まで頼ってきたツケが回ってきたのだ。自立しなくては。

 

 

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