帰途の道中、村を出てまもないころ、デュール・ヒルブルークの後ろから聞こえよがしな声が聞こえた。
「ねずみの言い分は、姫さまも聞くみたいだな。ねずみは穴掘りだけが得意じゃないらしい」
下品な低い笑いが続く。
デュール・ヒルブルークは馬上でふり向きざまに怒鳴った。
「誰だ!」
後続の兵たちは誰も彼もニヤニヤしながら、そっぽを向いていた。
声から、デュール・ヒルブルークには誰だか察しがついていた。肩幅の広い筋肉質の、ゴツゴツした顔の男である。いつか井戸の周りでも揶揄された。
「殿下を侮辱するとは許さん! 成敗してくれる!」
剣を抜いた。刃が白く光った。
「ねずみは姫さまのベッドでお慰めしてりゃいいんだよ」
相手も剣を抜いた。
「前から気に入らねぇんだよ。取り柄もないくせに、色男気取りやがって」
周囲はニヤニヤと笑いを浮かべながら、事の行方を見守っていた。
デュール・ヒルブルークは大きく剣をふりあげ、突っこんだ。
相手は馬を操り、大きくよけた。
デュール・ヒルブルークは馬を返した。
見物人たちが口笛を高く吹き鳴らした。
隊列は、二人を囲んで澱んだ。
罵声や冷やかしの声に混じって、賭けの呼びこみが始まり、先を進んでいたリュウカは異常に気づいた。
飛び交う怒号にねずみ野郎という語を聞いては、状況を察っせざるを得なかった。カゲの鼻先を入れ、ムリヤリに輪に割りこんだ。
「何の騒ぎだ?」
デュール・ヒルブルークはハッとして剣をしまい、頭を垂れた。
ねずみの話など、二度と殿下のお耳に入れてはならない。
相手は抜き身の剣を振りながら、ニヤと笑った。
リュウカは内心ため息をついた。
こんなバカげたことは、もうたくさんだ。
「ねずみがどうとか言っていたようだが、デュール・ヒルブルークは私の愛人ではないよ」
周囲の笑いは消えなかった。
ウソだと思っているのだろう。
リュウカは内心、もうひとつため息をついた。
仕方がない。
「ねずみと歌われているのは、デュール・グレイ子爵のほうだ。隣国パーヴから付き添ってきた金髪の子爵だ。知っている者もいるだろう、隣国パーヴの前の王弟常勝将軍モーヴ殿下のご子息である。同じデュールでも、間違われては不愉快だ。以後、肝に銘ずるように」
ウソは言っていない。
ヒースは噂の張本人で、養子でも息子は息子というだけである。ヒースには愛人だという不名誉な嫌疑がかかるが、致し方ない。
「みなには、本来の仕事ではないことをさせて申しわけなく思っている。だが、彼らに心を許してもらい、話を聞くのには、他によい方法が思い浮かばないのだ。もし何か彼らから話を聞く機会があったら、私にも教えてほしい。あの村で何があったのか、事実を知りたいのだ」
自分は、うまくしゃべれているだろうか?
リュウカには自信がなかった。
もし、ヒースなら、うまくしゃべれるだろうに。
今まで頼ってきたツケが回ってきたのだ。自立しなくては。