朝食の席ではもう一人の王女が書き取りをしながら待っていた。
「お行儀が悪いですよ」
リリーが注意しても、リズはやめない。
北の大国ウルサの言葉をぶつぶつくり返す。
王妃や王女というものは美人にちがいない、とヨアラシは思ってきた。
だが、この王女はお世辞にも美しいとは言えない。並み以下だ。
大きな鼻も大きな目も品がなく、年は十五になろうというのに、まるで子どもっぽい。
持参金でもなければ、嫁のもらい手などあるわけがない。
「待たせてすまない」
黒髪の姫が風のように入ってきた。
リズが顔をあげ、何事か口走った。
黒髪の姫はにこりと笑った。
「そうだよ。その通りだ」
「なんですの?」
リリーが訊ねる。
「剣のけいこもたいへんね、お疲れさまって言ってみたの」
「ウルサの言葉は、あたしには何がなんだか」
「リリーも勉強しとくべきよ! これからは、ウルサからお客さまが来るんだし!」
リリーは答えず、黒髪の姫のほうを向いた。
「ちゃんと召しあがってくださいね」
黒髪の姫は、病人のように少食だった。ドロドロした得体の知れないミックスジュースに、少し口をつけるだけだった。
「傷の具合はどうか?」
黒髪の姫はヨアラシに話しかけた。
変わっている。身分の高い者は、直接下々の者に話しかけたりしない。伴を介して話すものだ。
しかし、ここでは王女が直接話しかけるし、隣国の王族の奥方にいたっては、自ら傷の手当てさえする。
「とっくに治ってるよ。いい加減、放っとけよ」
「まだです。ムリに動いたら、傷が開いてしまいますよ。せっかくかさぶたになったのに」
リリーが叱りつけるように言う。
「オレは仕事に戻りたいんだ。ぼやぼやしてたら、別のヤツに客をとられちまう」
「待ち人がいるのか?」
黒髪の姫は静かに訊ねる。
ヨアラシは答えなかった。
「そなたには申しわけないことをした。もし待ち人があれば、使いの者を出そう」
こんな姫さんに、何がわかる?
日陰者のことなど察しもせずに、何もかもぶち壊しにしてくれるだろう。
「偉い身分の方々は、メシや寝床の心配がなくてけっこうなことだな」
ヨアラシが皮肉を言うと、リズが応えた。
「あなたには、アルのベッドをあげたじゃないの」
「やわすぎて、背骨が曲がっちまう。床に寝たほうがまだマシだね」
リズの声のトーンがあがった。
「昨日は、絹のシャツがイヤだって言うから替えてあげたばっかりじゃない! 羽毛の布団や枕だって、靴だって、毎日毎日、文句をいうのが、そんなに楽しいの?」
ごちそうさま、と黒髪の姫が立ちあがった。
「ちい姫さま、また召しあがらないで……」
リリーが愚痴たが、黒髪の姫は無表情のままうなずき、退室した。
このひと月、口の端をかすかにあげて微笑むのと、眉をかすかに寄せて困惑する以外、表情が変わるのを見たことがない。
どこか欠けているのではないか、とヨアラシは不思議に思ったが、偉い身分のヤツらは、たいがいどこかおかしいもんな、と合点した。