【第140回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
23章 忠誠 ……その2

2008.12.17

 

 朝食の席ではもう一人の王女が書き取りをしながら待っていた。

「お行儀が悪いですよ」

 リリーが注意しても、リズはやめない。

 北の大国ウルサの言葉をぶつぶつくり返す。

 王妃や王女というものは美人にちがいない、とヨアラシは思ってきた。

 だが、この王女はお世辞にも美しいとは言えない。並み以下だ。

 大きな鼻も大きな目も品がなく、年は十五になろうというのに、まるで子どもっぽい。

 持参金でもなければ、嫁のもらい手などあるわけがない。

「待たせてすまない」

 黒髪の姫が風のように入ってきた。

 リズが顔をあげ、何事か口走った。

 黒髪の姫はにこりと笑った。

「そうだよ。その通りだ」

「なんですの?」

 リリーが訊ねる。

「剣のけいこもたいへんね、お疲れさまって言ってみたの」

「ウルサの言葉は、あたしには何がなんだか」

「リリーも勉強しとくべきよ! これからは、ウルサからお客さまが来るんだし!」

 リリーは答えず、黒髪の姫のほうを向いた。

「ちゃんと召しあがってくださいね」

 黒髪の姫は、病人のように少食だった。ドロドロした得体の知れないミックスジュースに、少し口をつけるだけだった。

「傷の具合はどうか?」

 黒髪の姫はヨアラシに話しかけた。

 変わっている。身分の高い者は、直接下々の者に話しかけたりしない。伴を介して話すものだ。

 しかし、ここでは王女が直接話しかけるし、隣国の王族の奥方にいたっては、自ら傷の手当てさえする。

「とっくに治ってるよ。いい加減、放っとけよ」

「まだです。ムリに動いたら、傷が開いてしまいますよ。せっかくかさぶたになったのに」

 リリーが叱りつけるように言う。

「オレは仕事に戻りたいんだ。ぼやぼやしてたら、別のヤツに客をとられちまう」

「待ち人がいるのか?」

 黒髪の姫は静かに訊ねる。

 ヨアラシは答えなかった。

「そなたには申しわけないことをした。もし待ち人があれば、使いの者を出そう」

 こんな姫さんに、何がわかる?

 日陰者のことなど察しもせずに、何もかもぶち壊しにしてくれるだろう。

「偉い身分の方々は、メシや寝床の心配がなくてけっこうなことだな」

 ヨアラシが皮肉を言うと、リズが応えた。

「あなたには、アルのベッドをあげたじゃないの」

「やわすぎて、背骨が曲がっちまう。床に寝たほうがまだマシだね」

 リズの声のトーンがあがった。

「昨日は、絹のシャツがイヤだって言うから替えてあげたばっかりじゃない! 羽毛の布団や枕だって、靴だって、毎日毎日、文句をいうのが、そんなに楽しいの?」

 ごちそうさま、と黒髪の姫が立ちあがった。

「ちい姫さま、また召しあがらないで……」

 リリーが愚痴たが、黒髪の姫は無表情のままうなずき、退室した。

 このひと月、口の端をかすかにあげて微笑むのと、眉をかすかに寄せて困惑する以外、表情が変わるのを見たことがない。

 どこか欠けているのではないか、とヨアラシは不思議に思ったが、偉い身分のヤツらは、たいがいどこかおかしいもんな、と合点した。

 

 

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