【第139回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
23章 忠誠 ……その1

2008.12.10

 

 馬場の裏に、うなり声と金属音が響いた。

 ヨアラシは馬場の柵にもたれながら、眺めていた。

 汗でぐっしょり濡れたシャツ一枚になり、細いの太いの、ノッポにチビ、腰のひけたの無謀なの、てんでバラバラな男たちが一人ずつ、挑んではあしらわれている。

 黒髪の姫君は髪を後ろでゆるく束ね、動きやすいシャツとキュロットとブーツで、女だてらに剣士のような出で立ちだ。大ぶりの剣をオモチャのように持ち、軽くふって兵たちを、一人、また一人とあしらっていく。

 せっかくの美人が台なしだ、とヨアラシは思う。

 ドレスでも着こんで男に媚びればいい思いができるものを、オニのような形相で刃物をふりまわしてちゃ、嫁のもらい手なんか、ありゃしない。

 ツクシだって、きれいに着飾って、今や金持ちのマーガレット奥さまだ。

 名を変え、素性さえ変えてしまった姉を思いだして、ヨアラシの顔は険しくなった。

 家族にいくらか援助でもするのかと思えば、自分は聞いたこともない亡き名家の出で、家族はみな死んでいる、どこかへ消えれば見逃してやるが、家族などと触れまわるなら斬って捨てるぞ。

「こんなところにいたんですか?」

 ヨアラシがふり向くと、リリーがいた。

「オレがどこに行こうと勝手だ」

「そうはいきませんよ。ちい姫さまから、ちゃんと面倒みるよう、言いつかってますからね。薄着しちゃ風邪ひきますよ」

 リリーはショールを脱ぎ、ヨアラシの肩にかけた。

 ふわりと、背が温かくなる。

 不思議な女だ、とヨアラシは思う。

 隣国の王族の奥方だというのに、町の女のようによく働き、よく動く。

 顔はまあまあだし、身なりはきちんとしているが、媚びるところがない。たぶん、家柄だけで王族の男に嫁げたのだろう。それとも、その男にだけは媚びてみせたのか。

「ちい姫さまはお強いでしょう。傷が治ったら入れてもらうといいわ」

「バカか。貴族にはむかったら、タダじゃすまないんだぞ。強くなっても意味なんかない」

「私も貴族よ」

 リリーは眉を上げた。

「はむかわないで、中に入ってちょうだい。朝食の時間よ」

 それから叫んだ。

「ちい姫さま! 朝食です!」

 黒髪の姫は右手で剣をさばきながら、左手を振った。

 

 

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