馬場の裏に、うなり声と金属音が響いた。
ヨアラシは馬場の柵にもたれながら、眺めていた。
汗でぐっしょり濡れたシャツ一枚になり、細いの太いの、ノッポにチビ、腰のひけたの無謀なの、てんでバラバラな男たちが一人ずつ、挑んではあしらわれている。
黒髪の姫君は髪を後ろでゆるく束ね、動きやすいシャツとキュロットとブーツで、女だてらに剣士のような出で立ちだ。大ぶりの剣をオモチャのように持ち、軽くふって兵たちを、一人、また一人とあしらっていく。
せっかくの美人が台なしだ、とヨアラシは思う。
ドレスでも着こんで男に媚びればいい思いができるものを、オニのような形相で刃物をふりまわしてちゃ、嫁のもらい手なんか、ありゃしない。
ツクシだって、きれいに着飾って、今や金持ちのマーガレット奥さまだ。
名を変え、素性さえ変えてしまった姉を思いだして、ヨアラシの顔は険しくなった。
家族にいくらか援助でもするのかと思えば、自分は聞いたこともない亡き名家の出で、家族はみな死んでいる、どこかへ消えれば見逃してやるが、家族などと触れまわるなら斬って捨てるぞ。
「こんなところにいたんですか?」
ヨアラシがふり向くと、リリーがいた。
「オレがどこに行こうと勝手だ」
「そうはいきませんよ。ちい姫さまから、ちゃんと面倒みるよう、言いつかってますからね。薄着しちゃ風邪ひきますよ」
リリーはショールを脱ぎ、ヨアラシの肩にかけた。
ふわりと、背が温かくなる。
不思議な女だ、とヨアラシは思う。
隣国の王族の奥方だというのに、町の女のようによく働き、よく動く。
顔はまあまあだし、身なりはきちんとしているが、媚びるところがない。たぶん、家柄だけで王族の男に嫁げたのだろう。それとも、その男にだけは媚びてみせたのか。
「ちい姫さまはお強いでしょう。傷が治ったら入れてもらうといいわ」
「バカか。貴族にはむかったら、タダじゃすまないんだぞ。強くなっても意味なんかない」
「私も貴族よ」
リリーは眉を上げた。
「はむかわないで、中に入ってちょうだい。朝食の時間よ」
それから叫んだ。
「ちい姫さま! 朝食です!」
黒髪の姫は右手で剣をさばきながら、左手を振った。