【第138回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
22章 北方の姫君(二) ……その5

2008.12.03

 

 翌朝、荒々しい足音で目が醒めた。

「なんてこと!」

 女の叫び声で飛び起きた。

「おまえたち、何をしたのかわかっているの!」

「私たちは愛しあっているのです」

 隣で上半身をあらわにしたまま従弟が答えた。

「今まで、おまえたちはそんな仲ではなかったでしょう」

 伯母が従弟に近寄った。

「母上が、ミルヤをよく思っていないのは承知しています。しかし、私は愛しているんです」

 この人は、何を言っているのだろう、と妹は思った。

 夜じゅう、何度ティーニと叫び、ささやいたことか。

 それは、女教師の名前だった。

「明け方、王太子妃殿下はお亡くなりになりました」

 伯母はゆっくりと言った。

「ひと月喪に服します。それが明けたその日に、王太子殿下は、妃を迎えられます。国王陛下は命ぜられたのですよ。ミルヤを妃に迎えると」

 やっぱり、と妹は思ったが、顔が蒼ざめていくのを止めることはできなかった。

「でも、もうこうなってしまった以上は、しかたありません」

 伯母は怖い顔になった。

「支度なさい。急いで」

 早朝のことで、みなを起こさないよう気遣いながら、マントを頭からかぶせられた状態で馬車に乗りこんだ。

「おまえたちには、遠くへ行ってもらいます」

 馬車の中で伯母は言った。

「ほとぼりが冷めたら、すぐに呼び寄せるからね」

 いくらも行かないうちに伯母は馬車を降りた。

「怪しまれないよう、私は先に帰ります。おまえたちはこのまま行きなさい」

 そして、従弟と妹にキスをした。

 幾晩も馬車は走り続けた。

 宿で休むたび、従弟は妹を求めた。不愉快な名は数えればキリがないほどくり返されたが、始まりと終わりには、従弟は必ず、愛しているのだから。必ず責任はとるから。と言った。

 今はまだこんなだけれど、と妹は思った。この人は私を必要としている。それに、あの女教師とは二度と会えない。じきに忘れるわ。

 勝った、と思った。

 馬車は長い間走った。

 半月ほどして、妹は具合が悪くなり、先へ進むことができなくなった。

 伯父は妹を最寄りの尼僧院に預けた。

「必ず迎えに来るよ」

 従弟は泣きながら妹を抱きしめた。

 そして、別れ際に

「オレの宝物だよ。オレだと思って持っていておくれ」

 と、何かを妹に握らせた。それは髪留めだった。石と木の実で作った美しいもので、妹には見覚えがあった。それは、女教師の髪にあったものだった。

 

 

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