【第137回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
22章 北方の姫君(二) ……その4

2008.11.26

 

 妹にせかされて、従弟は学友を呼んで別荘へ出かけた。

 道中、妹は学友たちに媚びた笑いを向け、そばに寄り、体に触れた。

 しかし、従弟は窓の外をぼんやり眺めるだけで、混じろうともしなかった。

 きっと、女教師のことでも考えているんだわ、と妹は思った。

 別荘では釣りをし、栗やきのこをとった。夜になると、酒を飲み、歌い、奏でて踊った。旅の吟遊詩人を途中で拾ったので、歌わせた。

 倍ぐらいの年の男で、胸は厚く、むきだしになった腕は太く、妹の腿ほどもあった。目は注意深くようすをうかがい、客に頼まれる前に望みの曲を奏でた。

 この人がいい、と妹は思った。

「お部屋まで送ってちょうだい」

 背に寄りかかり、ささやくと、詩人はうなずいた。

 部屋に入ると、妹は酒を用意し、当然のように詩人のあぐらの上にすわった。

「旅のお話をしてちょうだい」

 詩人は竪琴なしで、歌うようなリズムで語りだした。

 子守歌みたい、と妹は思った。

 うとうとした。

 人に触れているのは、なんて心地よいのだろう。

 遠い国の夢を見た。見たこともない石造りの街並み、石畳みの上を馬がカッカッと駆けてくる。乗っているのは青いマントのパーヴの王弟。白い歯がまぶしい。自分に向かって手をさしのべる……。

「旅に出たいわ」

 妹はつぶやいた。

「遠くへ連れていって」

 それから、何かまぶたの裏が赤いのに気づき、目を開けた。

 まぶしい。暗闇の中にランプの灯り。

 体を動かすと、ぎしりときしんだ。いつの間にかベッドに横たわっていたらしい。

「よりにもよって、あなたは」

 従弟の声が真上から降ってきた。

「友人から選んでくれれば心から祝福できたのに。あんな男を選ぶなんて」

 少し、ろれつが回らないようだった。

 灯りもふらふら揺れている。

「あんな男、愛してなんかいないくせに」

 ランプのふたが開き、ひと息。

 部屋は闇に没し、ベッドがさらに大きくきしんだ。

 愛してなんかいないクセに。と、妹は思った。

 

 

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