パーヴの王弟はひと月滞在した。
王をはじめ、一同はなんとかふたりを娶せようとしたが、ムダだった。
王弟はさりげなく、またあるときはのらりくらりと、ふたりっきりになるのを避けた。
妹は悔しかった。見知らぬ国のこの人まで、自分を拒み、否定したのだと思った。
別れ際に、王弟は言った。
「うちの国も、ぜひおいで」
いなくなってみると、妹は淋しくてしかたなかった。
毎日毎夜、狩りの情景が思いだされた。
犬を走らせ、馬を追いかけ、鬨の声をあげる。王弟は常に輪の中心で、馬の操れない妹には別世界のようであったけれど、見ているだけで心が沸き立ったものだ。
きびきびした動きも、大砲のような大きな声も、笑うと揺れる体もかっこよかったのだ。
遊びにおいでと言ったけれど、行けるわけないじゃないの。
そのときはそう思っていた。
だが、伯母たちと一年を過ごしてみると、あながち夢でもないような気がした。
伯母だって、働いているのだ。
女だって働けるし、未来は変えられるものなのだ。
離宮での暮らしは、そうして過ぎていった。
二年と少しの間は。
王太子妃、つまり義姉が倒れたという話が飛びこんできたのは、そのころだった。
医師の見立てでは、誤って毒草を口にしたということであった。料理人が責を問われ、処刑された。
ちがうわ、と妹は即座に思った。
自ら命を絶とうとしたのだ。いつかの自分のように。
きっと、次こそしくじらないだろう。
もし、義姉が死んだら?
兄は次の花嫁候補を探すだろう。
ぞっとした。
次は私だ。引き戻される!
王太子妃の見舞いのため、伯母夫妻は城へ向かった。
「私、逃げるわ」
妹は残された従弟に言った。
「どうして?」
「お義姉さまが亡くなったら、次は私の番よ」
妹は、自分の考えを述べた。
「考えすぎだよ。そんなこと、あるわけないよ」
従弟は笑った。
「私が助かる道はふたつよ。ひとつは、今から遠くへ逃げること」
「またまたぁ。思いこみが激しいんだから」
妹は従弟の目をキッと見た。
「もうひとつは、既成事実を作ってしまうことよ」
従弟はうろたえた。
「そんなこと突然、そんな、あるわけないんだし……」
「あるわけないなら、いいでしょ! 誰か紹介して! 相手の名前は秘密にするわ! 事実だけ、必要なの!」
「あ、ほかの人?」
目に見えて、従弟はホッとした。
妹は知っていた。従弟は女教師が好きなのだ。
「そうよ! 妻子持ちだって、うんと年上だってかまわない、とにかくやさしい人!」
「でも、そんな理由はよくないよ。よく考えて好きな人と一緒になるのがいちばんだから……」
「じゃあ、好きになるわ! とにかく、紹介して! まず会ってみなきゃ始まらないわ!」
「そうだけど……」
「じゃ、今すぐ!」