【第136回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
22章 北方の姫君(二) ……その3

2008.11.19

 

 パーヴの王弟はひと月滞在した。

 王をはじめ、一同はなんとかふたりを娶せようとしたが、ムダだった。

 王弟はさりげなく、またあるときはのらりくらりと、ふたりっきりになるのを避けた。

 妹は悔しかった。見知らぬ国のこの人まで、自分を拒み、否定したのだと思った。

 別れ際に、王弟は言った。

「うちの国も、ぜひおいで」

 いなくなってみると、妹は淋しくてしかたなかった。

 毎日毎夜、狩りの情景が思いだされた。

 犬を走らせ、馬を追いかけ、鬨の声をあげる。王弟は常に輪の中心で、馬の操れない妹には別世界のようであったけれど、見ているだけで心が沸き立ったものだ。

 きびきびした動きも、大砲のような大きな声も、笑うと揺れる体もかっこよかったのだ。

 遊びにおいでと言ったけれど、行けるわけないじゃないの。

 そのときはそう思っていた。

 だが、伯母たちと一年を過ごしてみると、あながち夢でもないような気がした。

 伯母だって、働いているのだ。

 女だって働けるし、未来は変えられるものなのだ。

 離宮での暮らしは、そうして過ぎていった。

 二年と少しの間は。

 王太子妃、つまり義姉が倒れたという話が飛びこんできたのは、そのころだった。

 医師の見立てでは、誤って毒草を口にしたということであった。料理人が責を問われ、処刑された。

 ちがうわ、と妹は即座に思った。

 自ら命を絶とうとしたのだ。いつかの自分のように。

 きっと、次こそしくじらないだろう。

 もし、義姉が死んだら?

 兄は次の花嫁候補を探すだろう。

 ぞっとした。

 次は私だ。引き戻される!

 王太子妃の見舞いのため、伯母夫妻は城へ向かった。

「私、逃げるわ」

 妹は残された従弟に言った。

「どうして?」

「お義姉さまが亡くなったら、次は私の番よ」

 妹は、自分の考えを述べた。

「考えすぎだよ。そんなこと、あるわけないよ」

 従弟は笑った。

「私が助かる道はふたつよ。ひとつは、今から遠くへ逃げること」

「またまたぁ。思いこみが激しいんだから」

 妹は従弟の目をキッと見た。

「もうひとつは、既成事実を作ってしまうことよ」

 従弟はうろたえた。

「そんなこと突然、そんな、あるわけないんだし……」

「あるわけないなら、いいでしょ! 誰か紹介して! 相手の名前は秘密にするわ! 事実だけ、必要なの!」

「あ、ほかの人?」

 目に見えて、従弟はホッとした。

 妹は知っていた。従弟は女教師が好きなのだ。

「そうよ! 妻子持ちだって、うんと年上だってかまわない、とにかくやさしい人!」

「でも、そんな理由はよくないよ。よく考えて好きな人と一緒になるのがいちばんだから……」

「じゃあ、好きになるわ! とにかく、紹介して! まず会ってみなきゃ始まらないわ!」

「そうだけど……」

「じゃ、今すぐ!」

 

 

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