【第135回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
22章 北方の姫君(二) ……その2

2008.11.12

 

 遠乗りも習った。兄の結婚に集った客に、異国からの招待客も多かった。奇妙な服に奇妙な仕草、奇妙な風貌に目を奪われたものだ。いつか、そんな人々の国へ行ってみたいと思ったのだ。

 とりわけ、婚礼当夜に聞いたパーヴの王弟の話はおもしろかった。

 自分の三倍以上の年齢の彼は、兄を次々と亡くしたものの、すんでのところで命拾いをし、地方の僧院に送られた。

 その町は、長い間二つの国で争われ、二つの国の兵たちに踏み荒らされていた。

 暮らしや命を守るために、町には自警団ができた。僧院の人々も例外ではなかった。みな武器を片手に礼拝した。

 王弟はその環境をおおいに利用した。軍隊に入り、手柄を立てて、王の弟としての地位を認めさせた。

 それからは、王の代理として、あちこちに赴いたという。

 女には、そのような自立や獲得の道はない。これはと思う男を見つけて嫁ぐだけだ。

 落胆していると、国王が言ったものだ。

「客人に一曲弾いてさしあげなさい」

 いつもは歌など俗なものと嫌うのに、なぜか求められて琴を奏でた。

 パーヴの王弟は感心した。

 武人は武骨で音楽の嗜みなどないからと言って、琴や歌について問うた。

 おまけに、声が美しいだの、美人だのと世辞まで言いだした。

「あっちへ行って!」

 妹は睨みつけた。王はあわてて間に入った。

「恥ずかしいのでしょう。いつもはやさしく、しとやかな子で」

 珍しく褒めた。王はさらに曲を弾くように求めた。

 言われるままに引き続けていると、室内から、一人、また一人と人が去った。

 しまいには、パーヴの王弟とふたりきりになった。

「美人さん」

 と、王弟は言った。

「悪いけど、オレには許婚がいるんだ。失礼するよ」

「何の話ですの」

 手を止めずに答えた。

 私が好きになったとでも思っているのかしら。しょってるわ。

「王さまたちはそういうつもりなんだろう。パーヴとウルサにはいい話だよ。でも、許婚がいるんだ」

 なぜか腹がたった。

「許婚なら、私にもおりましたわ。でも、今日、ほかの女性と結婚しましたの」

 王弟は笑った。

「王妃さまになりそこねて、ヘソを曲げているのか」

「いいえ。女なんてまっぴら! あなたのように、なんでも思うようにしてきた人にはわからないでしょうけど!」

「気が強いな。オレの許婚にそっくりだ」

「たとえそっくりでも、そちらをお選びになるんでしょう! 私なんて器量は悪いし、俗っぽいし、バカだし、意地も悪いし!」

 従弟の姿を思いだした。先ごろ招いた女教師ばかり見つめている。

 話しこんでいるようすもよく見かける。美人でほっそりした教師だ。まとめ髪につけた髪飾りが印象的だった。石や木の実などを貼り合わせたもので、従弟は『趣味がいいね』と感心していた。『あんな安物』と、妹はつい言った。

 生まれ落ちた瞬間から、女は何事も決まってしまうのだと思った。自分だって、美人であんな家に生まれれば。

「弱ったな。手を止めないでくれ。何かあったと勘ぐられる」

 気がつくと、琴の音はやんでいた。

 いい気味だと思った。

「いいわよ、何かあっても。どうにでもなったら?」

「誤解されて困る人ぐらいはいるで……」

「いません!」

 きっぱりと答えた。

「いっそ、このままお連れになって。こんな国飽き飽きよ」

「来るだけなら、いくらでも。大使になってくればいい」

「そんなこと、させてもらえるわけないでしょう!」

「どうして?」

「だって、女だし、ブスだし、品はないし、頭も悪いし。こんなの、恥ずかしくて誰も外に出せないわ!」

「わからない。よくもまあ、自分をそこまで貶められる」

 首を振って部屋を出た。

 取り残された妹は、琴をかき鳴らした。

 ひどい音だった。

 

 

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