遠乗りも習った。兄の結婚に集った客に、異国からの招待客も多かった。奇妙な服に奇妙な仕草、奇妙な風貌に目を奪われたものだ。いつか、そんな人々の国へ行ってみたいと思ったのだ。
とりわけ、婚礼当夜に聞いたパーヴの王弟の話はおもしろかった。
自分の三倍以上の年齢の彼は、兄を次々と亡くしたものの、すんでのところで命拾いをし、地方の僧院に送られた。
その町は、長い間二つの国で争われ、二つの国の兵たちに踏み荒らされていた。
暮らしや命を守るために、町には自警団ができた。僧院の人々も例外ではなかった。みな武器を片手に礼拝した。
王弟はその環境をおおいに利用した。軍隊に入り、手柄を立てて、王の弟としての地位を認めさせた。
それからは、王の代理として、あちこちに赴いたという。
女には、そのような自立や獲得の道はない。これはと思う男を見つけて嫁ぐだけだ。
落胆していると、国王が言ったものだ。
「客人に一曲弾いてさしあげなさい」
いつもは歌など俗なものと嫌うのに、なぜか求められて琴を奏でた。
パーヴの王弟は感心した。
武人は武骨で音楽の嗜みなどないからと言って、琴や歌について問うた。
おまけに、声が美しいだの、美人だのと世辞まで言いだした。
「あっちへ行って!」
妹は睨みつけた。王はあわてて間に入った。
「恥ずかしいのでしょう。いつもはやさしく、しとやかな子で」
珍しく褒めた。王はさらに曲を弾くように求めた。
言われるままに引き続けていると、室内から、一人、また一人と人が去った。
しまいには、パーヴの王弟とふたりきりになった。
「美人さん」
と、王弟は言った。
「悪いけど、オレには許婚がいるんだ。失礼するよ」
「何の話ですの」
手を止めずに答えた。
私が好きになったとでも思っているのかしら。しょってるわ。
「王さまたちはそういうつもりなんだろう。パーヴとウルサにはいい話だよ。でも、許婚がいるんだ」
なぜか腹がたった。
「許婚なら、私にもおりましたわ。でも、今日、ほかの女性と結婚しましたの」
王弟は笑った。
「王妃さまになりそこねて、ヘソを曲げているのか」
「いいえ。女なんてまっぴら! あなたのように、なんでも思うようにしてきた人にはわからないでしょうけど!」
「気が強いな。オレの許婚にそっくりだ」
「たとえそっくりでも、そちらをお選びになるんでしょう! 私なんて器量は悪いし、俗っぽいし、バカだし、意地も悪いし!」
従弟の姿を思いだした。先ごろ招いた女教師ばかり見つめている。
話しこんでいるようすもよく見かける。美人でほっそりした教師だ。まとめ髪につけた髪飾りが印象的だった。石や木の実などを貼り合わせたもので、従弟は『趣味がいいね』と感心していた。『あんな安物』と、妹はつい言った。
生まれ落ちた瞬間から、女は何事も決まってしまうのだと思った。自分だって、美人であんな家に生まれれば。
「弱ったな。手を止めないでくれ。何かあったと勘ぐられる」
気がつくと、琴の音はやんでいた。
いい気味だと思った。
「いいわよ、何かあっても。どうにでもなったら?」
「誤解されて困る人ぐらいはいるで……」
「いません!」
きっぱりと答えた。
「いっそ、このままお連れになって。こんな国飽き飽きよ」
「来るだけなら、いくらでも。大使になってくればいい」
「そんなこと、させてもらえるわけないでしょう!」
「どうして?」
「だって、女だし、ブスだし、品はないし、頭も悪いし。こんなの、恥ずかしくて誰も外に出せないわ!」
「わからない。よくもまあ、自分をそこまで貶められる」
首を振って部屋を出た。
取り残された妹は、琴をかき鳴らした。
ひどい音だった。