成人の年に兄と結婚するのは、生まれたときからの決まり事だったから、もう婚礼の支度は始まっていた。
墜ちていくのだわ、と妹は思った。生まれ落ちる星の下を間違えば、深みにはまるしかないのだ。
密かに毒を求めた。いよいよそのときが来たら、これでおしまいにするつもりだった。あんな兄に触れられるのは、我慢できなかった。
しかし、転機は訪れた。とつぜん、兄は大臣の娘と結婚することになったのだ。
大臣は開拓と交易によって巨万の富を手にしていた。今度は権力が欲しかったのだろう。
国王は、ちょうど国庫に大きな穴をあけたばかりだった。
両者の利益は合致した。
助かった、と妹は安心して毒を流した。
急ごしらえの結婚式で飾りたてられた花嫁は、顔を合わせるとにこりと笑った。赤毛が印象的だった。これなら、妹とちがって、評判の悪い伯母とは似ても似つかない。家族も安心だろうと思った。
「末永くよろしくお願いいたします」
直立不動のまま、小さな声で挨拶した。
直立不動だったのは、大きな冠と幾重とも知れぬ着衣のせいだった。飾りの中に小さく埋もれ、まるで人形のようだった。
それ以上のことは何も知らない。妹はその日を境に離宮へ移されたからだ。
少しでも早く嫁が家族に馴染むため、と説明され、妹は納得した。
だって、私は家族じゃないから。
離れてみると快適だった。今までの疲れはなんだったのだろうと思った。伯母の家に遊びに行く回数も増えた。従姉はすでに嫁いでいたが、たびたび夫を伴って遊びに来ていた。夫も歌の好きな人だった。以前よりもにぎやかなほどだった。
離宮には教師たちはおらず、わざわざ訪れることもなかったから、毎日を好きに使えた。
ほとんど伯母の家に入り浸るようになった。しかし、一日中遊べるわけではなかった。
伯母たちにも暮らしがあったのだ。
領地を見回り、書を読み、領民の話を聞き、ときには自ら畑を耕した。近くからも遠くからも識者を招き、教えを受けた。
伯母や伯父の話は、まるでわからなかった。しかし、従姉夫婦はむろん、従弟まで議論に混ざるのだった。
「私も勉強する! 教えて!」
妹は伯母にせがんだ。仲間に入りたかった。
妹の必死な目を見て、伯母は笑わなかった。
「先生をつけてあげましょう。ただし、決してさぼらないこと。先生に失礼ですからね」
教師に対して失礼だという考えは、初めて聞いた。
そういえば、と一日を過ごしてみると、伯母たちは、一日中、まことに多くの人々を労うのだった。食事が終われば給仕を労い、シェフにはとくに何が旨かったのかを伝えて賞賛した。
領地を回れば『精が出ますね』と民に声をかけ、作物をもらえば『ありがとう』。これが国王や兄なら、民も水、侍者に『積んでおけ』と言うだけだ。口で言わず、顎をしゃくるだけのことも多い。
医師に対しても『あいつらは、人が苦しんでいるのを見るのが好きなんだ』と国王や兄は陰で笑った。教師に対して『上に立って苛めるのが好きなヤツら』『偉そうにしたいから、教師になどなったんだ』と言った。
私は、イチから価値観を改めなければならない、と妹は思った。根は深かった。十年間築きあげた思考を、土台から崩し、イチから組み直さねばならない。
しかし、それをやらなければ、今、このときから先の幸福はないのだった。
必死に真似をした。教師の真似、伯母の真似、従姉の真似。
なにがよくて、なにが悪いのか判断がつかなかったから、片っ端から真似るしかなかった。
伯母は笑った。『まるで、二歳の子どもと同じだねえ』
その通りだと、妹も笑った。
二歳の子どもでも、この家の子どもにしてもらえたのだと思った。