【第131回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その18

2008.10.15

 

 ウルサの客はやかましかった。

 壁には異国風の布を吊し、床には厚い絨毯を敷き、妙な匂いの香を焚き、広間をすっかり一変させた。そこで、楽器をかき鳴らし、歌い、踊るのである。

 リズはリリーにくっついていた。リュウカがまだ怖かった。

 途中でそのようすを見かけたはずのリリーは、動じていなかった。

「お姫さまそっくりです」

 と、うれしそうでさえあった。

 前の王妃さまは、そんなに怖い人じゃないわ、とリズは内心思った。

 お父さまやおじいさまに意地悪されて悲しい思いをした人よ。だから、やさしかったにちがいないわ。

 リズが母や姉に苛められ、祖父や父に邪険にされるたび、肖像画の前の王妃は―今や王妃ではなく、その母だと判明したが―リズをやさしく慰め、抱きしめてくれた。

 私もつらかったけど、頑張ったのよ。あなたも頑張って。

 そんなけなげな姿が好きだった。

 エヴァ=リータは事態をおもしろがっていた。

「うちから婿を出したら、同じ目に合うのかしら? 国際問題よ」

 リュウカは、どこで間違ってしまったのだろうと悩んでいた。

 早馬が来て、デュール・ヒルブルークを呼んだ。呼ばれていたのはデュール・ヒルブルークなのだから、連れていかないわけにはいかなかったし、行かなければクス・イリム一家を見捨てることになった。

 巻きこみたくなかったから、デュール・ヒルブルークを先に帰した。イリム一家を守るために、居場所を口外しないよう命じた。

 その結果が、これだ。

 自分はいったいどうすればよかったのだろう?

 エドアルやヒプノイズたちの増長を黙認していたのが悪いのか。

 自分が甘かったのだろうか。

「ウルサから来る王子さまはお小さいのでしょう?」

 リリーがエヴァ=リータに話しかけた。

「躾はちゃんとなさってるんでしょうね」

「さあ、どうかしら? 誰を送るかも決めていないし、そもそも国の方針はどうなんだか。私はただの外交官だから」

 そう言って、エヴァ=リータはリリーの名を訊ねた。

「まあ! じゃあ、あの子を育ててくれた人! モーヴさまの奥方ね! 会いたかったわ!」

 リリーの名を知ると、エヴァ=リータはリリーに抱きついた。

 リリーはドギマギして、あわてて身を離した。

「殿下をご存じなの?」

「ええ、婚礼のとき、いらしたわ。とてもすてきで注目の的だったのよ」

「あなたの結婚式?」

 リリーは面くらっていた。

 モーヴはいつウルサに行ったのだろうか?

「王の婚礼よ。当時は王太子だったけど。パーヴ王の代理として。もう二十年も前の話よ」

 レイカとともに自分も向かっていたことを思いだして、リリーは顔をこわばらせた。

「どんな人と結婚したんだろうって、ずっと思ってたわ。うれしいわ、会えて」

「殿下をお慕いされていたとか?」

 何を訊いているのだろう、自分は。と、リリーは思った。

 エヴァ=リータは華やかに笑った。

「まさか! 私は尼よ? モーヴさまのハートを射止めて、あの子を育てたのがどんな人なのか、会ってみたかっただけよ」

「デュールのこと?」

「あの子に会えなくて残念だわ! パーヴに来るたび、あの子に会うのが楽しみだったの。あの子、今、どこに行ってるの?」

 もしかして、あの子の母親?

 エヴァ=リータは二十代……多く見積もっても三十代半ばまでいっていないだろう。若すぎる。

 でも、あの子を殿下に預けたことに、この人は関わっているんだろうか?

 リリーには訊けなかった。

 もし、本当の母親がわかったとして、どうする?

 いつかは返すのか?

 

 

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