暗闇に入り、エドアルは忌まわしい記憶を甦らせた。
あれは、いたずらが過ぎたとき。
台所にヒモを通し、母が引っかかるのを待った。母は期待通りに足を引っかけ、転び、手に持っていたナイフで腕をざっくり切った。
あふれる血。
添え木も布もあっという間に赤く染まった。
叔母がすぐさま手際よく傷を縫い合わせたのだと、後から伝え聞いた。
そして、叔母は納戸の扉を開けた。
かび臭い暗闇が口を開け、軽々と自分は放りこまれた。
かすかに見える叔母の顔は、黄泉の怪物のようだった。
たかが、子どものいたずらじゃないか。大人は笑って許してくれるものだ。
しかし、叔母は許してくれなかった。納戸の扉は閉められた。エドアルを中に残して。
鼓動が激しくなった。
ちらりと盗み見ると、リュウカの顔は、そのときの叔母の顔にそっくりだった。
悪寒が走った。
水牢の扉が開き、縄ばしごが下ろされた。
「降りろ」
リュウカが手を離して言った。
「姉上、私は貴族です」
たとえ王の血が流れていなくとも、父の母も、母の両親も、高位の貴族である。
もし、王の血族が不在なら、代わって王を務めていい血筋のはずだ。
「こんな辱めを受ける血では……」
「突き落とされたいか?」
リュウカの声は低く、殺気すら帯びていた。
エドアルはしかたなく、縄ばしごを下りた。
途中から、はしごはよく見えなくなり、手探りで降りた。足が水に浸かった。ひやりと濡れて気持ちが悪かった。
そこには先客がいた。
ヒプノイズだった。
エドアルと入れ違いに、縄ばしごに手をかける。
が、うまく握ることができない。
無情にも、そのまま縄ばしごは引きあげられた。
リュウカは牢を出ていき、辺りは闇に包まれた。
何かが鳴っていた。
ヒプノイズの歯だった。
じきに、エドアルの歯も鳴り始めた。
膝から衣服を伝って水が上がってきたのだ。
最初はひやりとした程度の水が、しだいに冷気を増してくるように思えた。
足が凍えてきて、しばらくは片足ずつ引きあげていたが、もたなかった。
疲れてすわろうにも、水に肩まで浸かることになってしまう。
壁にもたれれば、この壁も冷え冷えとして体熱を奪った。
自分は貴族なのに! とエドアルは思った。
姉上は、たとえ母方はどうでも、父方はリュウインの国王で、自分だけが王家の血をひいているから、私を蔑んでいるんだ!
怒りがこみあげたが、叔母そっくりの恐ろしい顔を思いだすと、縮みあがるしかなかった。
やがて半ニクルで迎えがきたが、エドアルは寝室にはもどれなかった。
早馬の使いが占領していたからである。