【第129回】

 

〜 リュウイン篇 〜
第4部 ふたたびリュウイン(中編)
21章 亡命 ……その16

2008.10.01

 

 リュウカは牢を出た。

 リズはおそろしさに口がきけなかった。

 前にも、似たことがあった。

 ロックルールの城のイチゴワイン蔵だ。狂ったように樽をひっくり返していた。

 でも、あのときはデュールが止めてくれたわ。

 今は、いない。

 お姉さまを戻してくれる人がいない。

 早馬の使いがうめいた。

 リュウカは男をいったん下ろし、自分の上着を脱いで着せかけた。

「すまぬ。今、外に出て、温かくする。少しのしんぼうだ」

 やさしい声音だった。

 いつものお姉さまだ! とリズは思った。

 そのとき、地獄の底から恐ろしい声が響いた。

「殿下、殿下、私はここにおります! ここです!」

 灯りをかざして別の牢に近寄ってみると、デュール・ヒルブルークだった。

 石牢に閉じこめられているらしい。

 カギを開けると、自分で出てきた。

「殿下と別れてから、夜のうちに館に着いたのですが、朝になってエドアル殿下に厳しく問い詰められました。しかし、秘密は守りました! 半日もの間、私が口を割らないので、業を煮やしてこんなところに入れられてしまいましたが、闇も冷えも、殿下のためなら私は平気です。もうあれから何日経ちましたか?」

 まだ半日である。

 リズは思わず笑ったが、自分の身におきかえて、思わず身震いした。

 こんなとこに、一人でなんて、一瞬だっていたくない!

 デュール・ヒルブルークは、早馬の使いを代わりに担ごうと申しでたが、自分ひとり歩くだけでもよろめいた。

 凍えて力が出ないのだった。

 リュウカはそのまま早馬の使いを担いで外に出た。

 外はまぶしく、芯まで温めるようだった。

 リズは生き返ったような気がした。

 リュウカは立ち止まらなかった。

 そのまま館に入り、奥へと足早に向かう。

 着いた場所はエドアルの寝室だった。

 エドアルは女たちの体や腕に支えられて身を起こし、かゆを匙で食べさせてもらっているところだった。

 これが気に入らないのよ! とリズは思った。

 この館に来てから、エドアルはヒプノイズに染まっていく。ウィックロウやロックルールにいたころは、こんなじゃなかったのに!

 リュウカはエドアルの腕をつかみ、ベッドから引きずりおろした。

 代わりにベッドに寝かせたのは早馬の使いだった。

 こちらを看病するように、と言い捨て、エドアルを引きずった。

「姉上! 姉上、どこに? 私は病人ですよ」

「あちらが病人だ」

「誰ですか、あれは」

「そなたが牢に落とした者だ」

「ヒルブルークなんかが、どうして私の寝室に……」

 デュール・ヒルブルークを牢にこめたのも、エドアルだったのだと、リュウカは確信した。

「あれは、もう一人のほうだ。なぜ、落とした?」

「姉上の行き先を黙っていました! 喋らせるためです。最後まで喋らずじまいで、あの役立たず」

「二日も水につけて、どうなると思っているのだ」

「どうってことありませんよ。たかが膝まで浸ってるだけじゃありませんか」

 リュウカの中で、何かが燃えたぎった。

 塔の地下まで、エドアルを引きずっていった。

 

 

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