パーヴの王妃は悔しそうに顔をゆがめた。
それから、ふと表情が緩んだ。
「あの従兄弟はおらぬか? 妾に我が母語で話しかけてきた、背の高い黄色い髪の子どもがおった。話せばきっと、妾が本物だと証明してくれるであろう」
ヒースはいない。
「残念ね」
エヴァ=リータがドアを閉めるよう合図した。
パーヴの王妃はあわてて身をのりだした。
「どうすれば納得するのじゃ」
エヴァ=リータは答えた。
「せめて、パーヴの王妃しか知らない秘密でも言ってくれればね」
パーヴの王妃はしゃべりだした。
「前の国王陛下からうかがった話なら、たくさんあるぞ。前々の国王の血を受け継いだ者は誰もいない、受け継いだ者はみな王太后陛下が始末なさったとか。前の国王陛下も本当の子ではないとか。弟も妹も本当の子ではないから見逃されたのだとか」
エドアルの顔がみるみる白くなった。
「これで信じてもらえたか? 王家に伝わる秘密を、妾も聞かされているのじゃ」
パーヴの王妃はすがるようにエドアルを見つめた。
エヴァ=リータがすばやく合図して、ドアは閉められた。
放心状態のエドアルを、エヴァ=リータは抱えるようにして、その場を離れた。
リズが迎えた。
エヴァ=リータが腕で遮った。
「さて、王子さま。えらいこと聞いちゃったんだけど?」
エドアルは口を開いたが、苦しそうに息を吸うだけで、声は出なかった。
「あの人が言うには、図書室の本棚に隠し扉があって、そこから秘密の部屋に入って、カルヴ王からよもやま話を聞いたそうよ」
「ああ、あの部屋ね」
反応したのはリズだった。
「前の王妃さまの絵がいっぱい飾ってある部屋でしょ? アルとも、中に入ったことあったわね」
「前の王妃というと、オリガさまか? それともコロンバさまか?」
リュウカが訊ねた。
オリガはエドアルの母、コロンバはその前の后である。
「ちがうわよ。お姉さまのお母さま。ちょっと待って」
急いで屋敷から画板を持ってきた。そのすきまから、手のひら二つ分ほどの大きさの絵をとりだした。
「内緒で一枚持ってきちゃったの」
そこには、黒髪の悲しげな女が描かれていた。
「なるほどね、血のつながらない妹を愛してたってわけ」
エヴァ=リータは言った。
リュウカは首をふった。
「髪型も服も、もっと古い」
なにより、母はこんな顔はしない。
まるで、摘みとられてしおれたような頼りなげな顔。
「じゃあ、誰?」
「祖母だろう。萌黄の方」
「お姉さまのおばあさま?」
リズが目を丸くした。
「どうして、そんなものが? だって、これ、カルヴおじさまのお部屋にあったのよ?」
「そこには、誰でも入れるのか?」
リュウカは訊ねた。
「ううん。おじさまの図書室からしか入れないから、王族じゃないと、入るの難しいかも」
「侍女ならどうだい? どこからか盗み聞きできるとか?」
「天窓があったから、そこからなら声が聞こえるかも。でも、とても高いから、大声じゃないとムリだと思うわ。侍女は入れないと思うわ。途中で衛兵に止められちゃうもの」